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カクリモン  作者: 廿楽 亜久
1章
15/38

15話 真名

「なー」


 梶の不満げな声に目を向ければ、目の前に広がるネットニュース。


「これ、見てくれよ」

「飛行機事故?」

「その下。神社を襲った強盗の方」


 スクロールしてみれば、神社に強盗が入ったとされていたニュースは、盗まれたものもなく、実は精霊の仕業だった。という内容だ。


「盗まれただろ! 人間が! 警察しっかりしろよ!」

「悪かったな」


 パソコンから顔を上げた榊がこちらに目を向けながら謝った。この他にも、ビルの火災も精霊の仕業ということになり、中にいた干川たちはいなかったものとされていた。


「これが、前に言ってた観測者と朱雀を秘密にするってヤツっすか?」

「そうだ」


 観測者とその能力を擬似的に得る術を施された朱雀は、その存在を伏せられる。先日のように、眼を欲する人間などから狙われる可能性があるためだ。

 故に、今回も間接的に視ることのできる眼を持つ存在を隠すために、メディアには精霊によるものとして伝えられた。


「世界の闇を見てしまったぁぁぁ……」

「楽しそうだな」

「あ、でも、マスコミには精霊ってことで処理されても、ちゃんと警察とかは調べてるんすよね?」

「そりゃ、誘拐は誘拐だしな。ただ難しいだろうな。お前たちを誘拐した犯人、生き残ってるのはひとりだし、そいつも大使館に逃げ込んだって話だからな」


 実行犯である人間は、あの精霊の炎で燃えた。残りは、最後にライフルを撃ってきた人物。

 国を上げて技術確保に乗り出していれば、怪我人はいるが社会的に隠蔽された事件の犯人として確保するのは難しいだろう。


「てか、干川、さっきから何見てんだ?」


 先程から熱心に干川が読んでいるファイルをのぞき込めば、フィードバックという文字が目に入った。


「ふむふむ……よくわからん」

「なんか、フィードバックは本来存在しないものを存在させようとするために支払われるものらしい。人それぞれで違うものらしいけど……」


 榊に助けを求めれば、パソコンに向かっていた視線を一瞬こちらにやると、またすぐに視線を戻した。


「刀も弾も、その場で作り出すだろ。それを作る材料はどこにあるか? って話だ」

「え゛……じゃあ、血の鉄を絞り出してるんですか?」

「いや、鉄から鉄みたいなイコールじゃ繋がらないのが、まためんどくさいところなんだが……」


 ある程度は傾向というものはあるが、例外も存在し、はっきりしないものだった。

 武装者は作り出すものが物質であるためか、支払われるものは血液、体組織といった物質的なものが多い。一方、使役者は概念的なもののためか、支払われるものも概念的なものが多い。

 そのため、一般的にフィードバックが重いのは使役者と言われている。


「それで、観測者は」

「確認されたのは、未来視が寿命、視力。過去視が記憶くらいだ」

「自覚症状は?」

「あったらすごくないか?」

「テストの点は? めっちゃ悪くなったとか」

「いつも通りだったよ」

「古文の補習を受ける予定は?」

「ない」

「チッ」


 舌打ちを隠さない梶に榊も苦笑いをこぼすが、観測者はその能力から判別が難しいことや、フィードバックが確認しにくい。もしくは、こちらから認識ができないことも考えられる。

 干川は今のところ、特にないが気を付けておかなければならない。観測者は最もフィードバックが重いと言われているのだから。


「干川君と梶君、ヒマならちょっと手伝ってー」


 宮田から呼ばれ、地下に降りれば、部屋いっぱいに広がっているコード。繋がっているパソコンと機材、容器のようなそれの中身はすでに空になっているが、干川の顔色を伺えば、なんとも微妙な顔。


「なんの実験の後っすか?」

「憑依体の除霊と回収……というか、融合」

「すごく暴れまわってる跡があるんですけど」

「除霊はうまくいったんだけど、融合が失敗しちゃってさ」


 ふたつある容器の片方に憑依された物体をいれ、聖水などでカクリモノを引きはがす。その後、カクリモノを別の入れ物に憑依させて回収する。

 この技術が安定すれば、カクリシャがいなくても、憑依されたものを安全に除霊できるようになる。ただし、憑依された物が水に強かったり、小さいものだったり、カクリモノが力の弱いなど制約は多いが。


「でも、融合失敗してるって、安全じゃないじゃないですか」


 容器の中で暴れた上、部屋の中の散乱もほとんどその精霊の暴れたのが原因のようだ。


「そ、そうなんだよねぇ……」

「てか、その暴れてたってやつは?」

「もう帰ったよ。ゼリーあげたら落ち着いたみたい」

「は……?」


 まったく予想外の言葉に梶が眉をひそめるが、干川には確かに小さい一口ゼリーを食べている水色の精霊の姿が見えていた。

 しかも、その後確かに消えている。


「元々、水気に誘われて入ったら離れられなくなったみたいでね」

「いや、そうじゃなくて! そんな軽いものなんすか? 精霊って」


 梶の疑問は最もで、ここ最近よく干川もよく精霊の起こす事故に巻き込まれているため、同じように眉をひそめていた。


「軽くはないよ。人とは感覚そのものが違うからね。ただ、扱い方っていうものがあって」


 片付けの最中だというのに、その手が止まり、目が輝き始めている。梶の微かに漏らした「ヤベ……」という言葉に、干川も無言で同意した。

 宮田は研究員ではあるが、カクリモノ、精霊などにとにかく目がない。むしろ、そちらの研究の結果が技術開発に繋がっていた。


「同じ属性のものを好む傾向にあって、報酬として同属性の物を上げると手を貸してくれることも多いんだよ。もちろん、大精霊とかになれば知識もあるから難しくはなるけどね。

 力がない人にとって、精霊ってのはある意味カクリモノに対抗する手段で、昔は祭り上げられた精霊が人を守ってたって言い伝えもあるんだよ。

 使役者で契約している人もいるけど、カクリモノと契約したっていう記録もあるね。負荷は大きいみたいだけど。精霊と契約してる使役者は多いね。フィードバックを減らせるからっていうのも大きいみたいで、結城ちゃんもそのタイプだよね」

「質問!」

「はい。梶君」

「俺でも精霊と契約できますか?」

「契約は難しいかも。でも、擬似的に使役することはできるよ」


 つまり報酬を用意して、その分の仕事をしてもらうということ。宮田も同じようにして、実験の手伝いをしてもらっていた。


「へー……」

「あ、でも、それなら、まず名前決めないと」

「名前? 精霊の?」

「それも必要だけど、まずは自分の、だよ」


 案外、名前というのは大きな力を持っていて、名前ひとつで生死が決まることだってある。精霊は人間以上に力をもっているため、気まぐれで人に手をかけることもあり、それを名前で抑えることもできる。つまり、精霊にとって真名を教えるということは、自身の全てを支配されることを意味する。

 そのため、どちらも契約時には真名を使用しない。ほとんどは、人が契約時に精霊の名を付け、自身の偽名を教える。


「ほら、神隠しとかも、本当の名を教えてしまったから。とかいうでしょ? だから、偽名を使うんだよ。警察も自衛隊は絶対に名前渡されてるし、民間でも精霊と関わりがあるところは名前を決めることも多いよ」

「俺たちもらってないです!」


 天ノ門でアルバイトということになっているが、偽名を渡されたことはない。


「ここは必要ないと決めてないことも多くて……本部からも近いし、結城ちゃんも大抵解決できちゃうし」

「えー……」

「精霊の扱いっていうのは難しいところもあるから、関わらなくていいなら関わらないで済んだほうがいいんだよ」


 まだ不満そうな梶に宮田も困ったように眉を下げる。


「ほら、朱雀くんみたいのも、大変だし……」

「朱雀?」

「変わった名前だと思わなかった?」


 確かに朱雀という名前は、珍しいといえば、珍しい。とはいえ、絶対にない名前ではない。


「キラキラネームとかあるしな」

「ペガサスとかね」

「漢字で日本語なだけありなんじゃないっすか?」


 名前をありなしで決めるのもどうかと思うが、考えてみれば、朱雀が前に”朱雀家”と言っていた。つまり、家で決められたものなのだろう。


「襲名制ってやつ?」

「そうそう! 朱雀家が一番大変で、生まれてすぐに片目に精霊を憑依させるから、朱雀くんの真名を知っているのは両親と四門家の当主ぐらいだよ」

「本人も知らないんですか?」

「18歳に正式に当主になって、初めて真名を知るって話だよ。それまでは、精霊に食われないように名前を伏せるんだって」


 そして、精霊を眼に宿す術を持っているのは、朱雀家のみのため、絶対に費やしては行けない家なのだという。


「朱雀君、大変なんですね」

「うん。本当に、大変だと思うよ」


 部屋の片付けを再開していれば、名前を何にしようかとつぶやく声に目をやれば、案の定梶の手は、止まっていた。


木尾(もくび)でいいだろ。つーか、早くコード巻けよ」

「テキトーすぎるだろ! 千川(せんかわ)みたいなもんだぞ! かっこよくない!」

「ほらほらー手動かしてー」


 片付けを追えて、実験の報告書をまとめた宮田が報告しに最上階へ行けば、逵中も帰ってきていたようだ。


「実験はうまくいかなかったみたいだな」

「あ、申し訳ありません。やはり、融合の部分が難しく……って、なんで?」


 今報告にきたのだ。何故知っているのかと、不思議に思っていれば、先程片付けを追えた干川たちとすれ違った際に聞いたそうだ。


「使役者でも、融合は難しい技術だ。気を落とさないでくれ」

「はい」


 宮田に渡された報告書を読んでいれば、微かに息を飲む音。


「どうした?」


 パソコンを見ていた榊が顔を上げると、眉を下げながら笑った。


「あ、いや、今日、あいつが釈放されたみたいでな」

「あいつ?」

小山圭(こやまけい)


 その名前に、逵中も少しだけ眉をひそめた。

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