13話 魔眼と結界(前編)
平日の昼過ぎのこと、干川と梶はホームセンターにいた。カゴの中には木材に針金やネジ。
「あと、やすり」
紙やすりのブースへ行けば、メモしてある番号のものを入れていく。
部活の買出しはこれだけのはずだ。梶が手にとっている、四桁のやすりをカゴにいれられる前にレジに向かおう。
「なぁ」
「そんなの使わないだろ」
「使うって! クオリティアップのためにだな……」
カゴに入れる前にレジに出せば、梶は「あ、これも」なんて言ってカゴの中に追加した。
領収書をしっかりもらうと、荷物と共に梶に渡す。余計な物を買った張本人は一瞬、手を止めたものの、受け取った。
「にしても、今日が休みだとはなぁ……」
今日は、干川たちが通う学校は創立記念日で休みだった。
「どうせなら、護衛ってやつ参加させてもらえばよかった」
「やだよ……だいたい、逵中さんだってダメだって言うぞ」
「あ! そーだ」
なにやら思いついたらしい梶が手を打つと、スマホを取り出して、地図を見せた。どうやら神社らしい。
「ここに朱雀いるらしいから、見に行こうぜ」
「は!? なんでお前が朱雀君の場所知ってんの!?」
「レッツゴー」
話を聞けば、干川が目を痛めていた時、騒ぎを聞きつけてきた梶は、斎藤たちと一緒にいた朱雀も知り合いかと思い、メールアドレスを交換していたらしい。
今回のことも朱雀とメールでやり取りをしていて、朱雀は学校を休んで結界の様子を見ているそうだ。どうせヒマなのだから、行こうと押し切られ、干川も歩きだしていた。
予定通りの観光スポット巡り。人混みは多いものの、有名人でもなければ人だかりも出来にくい。
多少、他の外国人に比べて周りにいる人間が多く、皆が皆、体格がいいせいか、驚いたように見てくる人はいるもののすぐに興味をなくしたように視線を逸らす。
「時間が足りないわ! 明日には帰らないといけないなんて!」
「お嬢様」
「わかってる! わかってるわ! 今度来るときは、ちゃんと観光させてもらうわ」
「ぜひ」
榊が微笑んで頷けば、少し離れた場所にいる逵中にも目を向ける。異常はないようだ。
「逵中さん。って、なんか榊さん近くないですか?」
「顔が好みなんだと」
空港で会って早々、側近で守るならあなただと指名された榊は、その申し出を快諾していた。
意思疎通が可能で、何かあった場合すぐに対応できるという意味でも、都合が良かった。
「それで?」
「あ、実は斎藤さんが見かけたって男」
「何か出たか」
「えぇ。元々、あのマリナ嬢の護衛をしていたようです。一ヶ月前に護衛として映っている写真も発見しました」
「んなヤツがなんで、あそこにいたんだよ」
「今回の短期来日と関係があるかもしれないな」
いくら飛行機の発達したとはいえ、アメリカから一日だけ観光というのは珍しい。仕事ならわからなくはないが、観光ならば数日取るだろう。
なによりも、現状、その男はこの場にいない。それに、一週間前から来日しているというのも、おかしな話だ。
「その男の現在地は?」
「捜索中です。少なくとも、警護には加わっていないようです」
「朱雀君の周囲は?」
「確認されていません」
「そうか」
時間は午後2時半を回ったところ。何も起こらなければいいが、やはり、どこか引っかかる。
震える携帯の画面を見れば、干川の文字。平日のため、この時間は学校のはずだ。不審に思いつつ、慎重に電話に出れば、すぐに聞こえた声。
『あ、つ――』
だが、なにか言葉を言う前に、音と共に切れた。
逵中の表情から何かが起きたのだと察した斎藤は、足をマリナたちと逆に向け、制止される。
「岳君はこのまま護衛を。私が行く」
「でも、アンタが行ったらまずくねーか?」
この場の責任者は逵中だ。いなくなればマリナだって気づくし、もし事を仕掛けてきたのがマリナなら、逵中がいないことで警戒するかもしれない。
「現状、実行犯はおそらくあの男だ。岳君は顔を見られているだろう。それに、我々の目の前で事を起こしたのだ。これは、挑発でもある」
「…………ぉ、ぉぅ」
表情は変えないが、そのオーラが正直に怒りを表していた。それこそ、斎藤の背筋が震えるほどに。
そっと目を向けた榊の表情が微かに引きつっていたように見えたのは、おそらく気のせいではないだろう。
******
「――さん! 起きてください!! 起きて――」
慌てて飛び起きた梶は、寝起きとは思えないスピードで体を反転させるとバランスを崩して転んだ。
そして、眠っていたもうひとりも、よくわからないような表情で目を開く。
「あ、あれ……? 朱雀、くん?」
「気がつきましたか。よかった……」
「え……なに? ってか、お前、なにしてんの」
少し離れたところで倒れている梶に目を向ければ、「ちょっとしたトラウマが……」などとよくわからないこと呟き始めたので、無視して周りと朱雀に目をやる。
かび臭く、錆びやヒビの入った壁。三人共、後ろ手に縄で縛られている。
「すみません……僕のせいで」
「いやいやいや!? そんなことないっていうか、そもそも何がなんだか……」
確か、朱雀がいるという神社に着いて、建物の中に入ったところで、人が倒れていて、慌てて逵中に連絡を取ろうとしたら気を失い、起きたらこの状態。
「つまり、誘拐?」
「おそらく。目的は僕。おふたりは、僕が拐われるタイミングで来てしまったから、巻き込んでしまった……」
「……んーってことはさ、朱雀は拐われる心当たりがある」
梶の言葉に、朱雀は一瞬ためらったものの頷いた。
「金持ちの息子、とか」
「違います。犯人の目的は金ではなく、僕の右目と術式」
「!」
目を見開く干川と首をかしげる梶。対照的なふたりの反応に、朱雀は少し眉を下げながら微笑む。
「観測者の干川さんなら、視えていると思いますが、僕の右目は少し特殊で」
「邪気眼?」
「梶。空気読め」
「すまん」
「特殊な憑依技術でカクリモノの眼を留めています」
憑依といえば、前にあったネズミなどが凶暴化していた術だ。ふたりも記憶に新しく、凶暴化した動物を見たが、朱雀にそのような様子はない。むしろ、気弱そうだ。
「眼だけですから。それに、この術は朱雀家に伝わる秘術。失敗すれば死にますし、契約したカクリモノに乗っ取られる可能性は常につきまといます」
「そ、そんな危険な術、なんで……」
「それだけ観測者は希少で、重要な存在なんです」
精霊やカクリモノには、人間とは別のものが見えている。それは、時に行動原理であり、彼らを鎮めるために必要な情報のこともある。つまり、人々を救うために必要な情報。
精霊と交流を深め、前触れを聞くことも不可能ではないが、精霊は人とは違う。思考も感覚も。故に、人間の視える者を欲した。
「ってことは、朱雀君を誘拐して、その術を手に入れようとしてる。ってこと?」
「おそらく」
「んー……」
「なんだよ。さっきから微妙な顔して」
先程から珍しく難しい顔をしている梶に目を向ければ、じっとこちらを見てくる。
「俺の推理としては、狙われたのは朱雀。と、干川」
「は……?」
「へ? 干川さん、も? おふたりは巻き込まれたのでは」
「もちろん、俺は明らかに巻き込まれた。けど、実はさ」
干川と梶が人が倒れているのを見つけた時、干川はその人に駆け寄り、気絶しているのを確認して電話をかけていた。
だが、梶は朱雀がいるであろう奥の部屋へと走り、実際にそれらしき祭壇が置かれた部屋に入っていた。
「誰もいなかったんだよ」
「ぇ……」
そこには誰かいた痕跡あったのに、誰もいなかった。その直後だ。廊下から物音が聞こえてきたのは。
「つまり、朱雀の言うとおり、元々の狙いは朱雀だけど、天然観測者の干川が現れたから二匹ともゲットだぜ。的なことじゃないか?」
表情を除けば、驚くほど鋭い発現だったが、
「名探偵って呼んでくれていいんだぜ」
やはり一言余計なことを言った。
「でも、観測者のことはできる限り伏せているはずです……それこそ、狙われる可能性が高いですし。僕の眼も同じです。僕はともかく、干川さんがバレた理由は」
「……名探偵にもわからないことはあるんだぜ」
「そこはがんばれよ。名探偵」
「ど、どっかで見かけたんだよ。きっと」
「雑だな。名探偵」
「今重要なのはそこじゃないぞ。ワトソン君」
「はいはい。では、なんですか? ホームズさん」
「ここから脱出しなければならないのだよ」
そう言われ、もう一度状況を確認すると三人は後ろ手に拘束されていて歩くことはできても、手は動かせない。見張りはいないが、部屋にはおそらく鍵がかけられているだろう。
「あれ? 朱雀君だけ、手錠?」
よく見てみれば、朱雀は手錠で、干川と梶は手錠で拘束されていた。
「対カクリシャ用の拘束具ですね」
最初から狙っていたのなら、力を封じる手錠を用意していてもおかしくはない。
「でも、タイプは普通そう? だったら、俺と干川の縄を解いてからなんとかするとして」
梶と干川は互いに背中合わせに座り直すと、縄を解こうと結び目に触れ始めた。
*****
「状況は?」
トイレで手を洗いながら後ろで控える使用人に確認すれば、小さく微笑まれた。
「すでにターゲットは拘束。臨時に回収できた観測者と一般人を共に拘束中です。あとは、街の警備が解除されてから飛行機に運ぶだけです」
「そう。あの大男が動いてるようだけど」
「そちらはケリーが牽制していますので、今だに場所は掴めていませんようです」
そう聞くと、マリナは堪えきれないように口端を上げた。
「これで、ようやく認めてもらえる……」
「はい。ですが、最後まで気を抜かぬように。マリナお嬢様」
「えぇ。わかってます」
マリナは一度頬に手をやると、ゆっくりと呼吸をすると頷いた。
トイレの外では、榊と斎藤が難しい表情で話していた。神社はもぬけの殻。神社が襲われたということはすでにニュースにもなっている。
「携帯は持っていかなかったんすね」
「最近はGPSで追われる危険もあるしな。だが……干川も連れて行かれたのはまずい」
「あの追跡バカがいりゃ楽勝だってのに……肝心な時に使えねェ」
「それで、逵中は相変わらずつけられてるのか?」
「みたいっすね。動きたいように動けねェみてェで。俺、行きますか?」
その言葉には首を横に振った。
「三人は人質でもある。今、下手に動けば三人の命が危険だ。それこそ、生きている必要はないんだしな」
「……なら、アイツは? バレずに動けんじゃないっすか」
斎藤の口から出た人物に、驚いて目を見開けばすぐに嫌そうな顔をした。
「うっせー!」
「何も言ってないだろ」
「顔が! 言ってた!」
「悪かったよ。お前から結城の名前が出ると思わなくてな」
恥ずかしいのか、ひどく歪んだ表情をしている斎藤に笑うものの、すぐに表情が真剣なものに戻る。
「バレずにっていうのは難しいかもしれない」
「え?」
「干川が観測者だと知っている場合、結城が使役者ということも知っていて、マークしている可能性がある」
すでにそのことについての警告のメールはしてあるが、返信がないところをみるとまだ見ていないのだろう。
「とにかく、お前は大人しく連絡待ちだ。向こうがムチャをしでかす時まで体力を温存しとけ」
「ムチャしでかさなかったら、ヒマっすか」
「いいだろ」
軽く腕を叩くと、ふてくされたように口を尖らす斎藤から離れていった。