12話 眼と口と
「だいたい! 俺は英語ができない自信しかねーっす!!」
護衛の話をされた途端、コレだ。
自信満々に言われても困る。
「誰もお前の英語力に期待はしてない」
だが、榊も榊で、特に動揺もせず返せば、ソファで肘置きに体を預け、眠そうにしていた日向が堪えきれなかったのか、肩を震わせると、斎藤は日向を睨んだ。
「アイ ウォント ユア ダイ」
「ミートゥー」
ソファの背に乗り上げた足に、梶が慌ててソファに倒れ込めば、エレベーターの動く音。自然と、部屋にいた全員の視線がそちらに向く。
数秒後、エレベーターに乗っていた干川は、少し驚いたように身を引いた。
「ぇ……? え?」
「おかえり。目はどうだったかね?」
「異常はないみたいです。診断としては、眼精疲労だって」
「そうか……大事に至らなくてよかった」
逵中が安心したように息を吐いた。干川はあのあと、カクシリャを診ることのできる医師の元に送られていた。
肝心な干川の目は、力の使用によるフィードバックではなく、普段無意識に使っている力以上に力を使うことによる情報過多。
「眼精疲労って言われると、なんか弱いな」
一応、普通の検査の他にも魔術的な観点からも診察してもらえたが、何も出てこなかったそうだ。
目に入る情報量をできるだけ増やさないようにとは言われたものの、まだ調整ができない。こればかりは慣れるしかない。
「そういえば、なにかあるんですか? 下が騒がしかったんですけど」
「あぁ、例の警備のことでな。これから会議だ」
「なら、俺らは帰ろうぜ」
「ケッ! ガキ共は気楽だな」
「えー斎藤さん、さみしーんすかぁ?」
「キメェーこと、いってんじゃねェ!」
ソファに乗せられたままだった足で揺らされると、梶も驚いた声を上げながら、それでも煽る口は止まらない。売り言葉に買い言葉。このふたりの口喧嘩はだいぶ良く聞くようになったと感じながら、揺れるソファに向かえば、カバンが飛んできた。
そして、素早く自分のカバンも持ち、転がり落ちながら立ち上がった梶の口は相変わらず動いている。
「そんなにうるさくしてると日向さん、起きるだろ」
向かいのソファで肘置きに突っ伏して眠ってしまった日向に目をやるが、微動だにしない。
「疲れてるのかな……」
「関わりたくなくて狸寝入りだろ?」
ありえそうだ。誰だってあんな口喧嘩に関わりたくない。
「逃がすかァッ!」
「うわっ!! ヤベェ!」
何かと思って斎藤を見れば、その手には小刀。しかも振りかぶっている。
「ちょっ……!? それはまず――」
「斎藤」
「!!!」
「やっていいことと悪いことくらい、わかるよな?」
榊のひどく優しすぎる笑顔に、斎藤の上っていた血も一瞬で下がる。
「帰ります! ありがとうざいましたッ!!」
「あぁ。気を付けて」
いろいろな意味でここにとどまるのは危険だ。梶と共にエレベーターへと駆け込んだ。
ふたりを見送ったあと、逵中は数回眠っている日向を叩くが、反応はない。
「向こうで寝かせてくる」
そう言うと、日向を抱え、仮眠室へと入っていった。