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カクリモン  作者: 廿楽 亜久
1章
11/38

11話 コングラッチレーション

 右目は髪で隠れ、見えている左目は少しだけ困った様子でこちらを伺っていた。というよりも、ひとりを。


「まさか、テメェ、ジジィの刺客じゃねーだろうな……!?」


 斎藤だ。

 原因を考えれば、斎藤が身構えるのもわからなくはないが、自業自得。日向も呆れていれば、引かれる袖。


「なに?」


 顔色と視線を変えずに、小声で袖を引いた少年に聞く。

 日向には見えてはいないが、干川の顔は困惑して、少し血の気が引いていた。


「あの人、知り合い、ですか?」

「うん」

「その、目が」


 カクリシャということは、視えていたが、それ以上に干川には隠れている右目に得体のしれないものが視えていた。

 カクリモノも前に比べて見るようになったが、それでもアレは異質。


「……悪いものじゃないよ。安心して」


 日向の言葉も、今回は少し信用できなかった。


「あ、結城さん。やっぱりいらっしゃったんですね」

「もしかして、同じタイミングだった?」

「はい。祓魔に関する部分が調整されていたので、いらっしゃるのかと」


 結界は網のようなものが幾重にも重なることで作られている。大きな結界ともなれば、それぞれの特色に合わせて調整しやすい位置があり、使役者は結界のどこを調整するかによって場所を変えることが多い。


「そちらの方が、件の観測者、ですか?」

「うん。そう」

緑河朱雀(みどりかわすざく)です。使役者で、主に結界の管理をしています」


 富豪の娘であるマリナの観光に、この付近が入っているため、もう一度確認しにきたそうだ。

 一応、斎藤がサボったことによる、京極からのお叱りというわけではないらしい。おそらく、あとで榊から説教があることは干川ですらわかることだが、斎藤は気づかないふりを続けている。


「本物の観測者って、初めて見ました」

「最近は数が減ったからなー」

「カクリモノが視える人も減ってきてるね」


 いつの間にか干川の頭の上に乗っていた風鬼と雷鬼が、髪の毛を弄りながら答えた。


「つーか、結界張ってるのにカクリモノ出てくること多くねェか? 仕事」

「?」

「仕事しろよな!」


 途中であらぬ方向に目をやったが、すぐにこちらをバカにするような目と指を向けてくる。


「完全に防ぐことはできませんし、カクリモノと精霊が根本的には同じことから、祓魔の力を込めすぎるのは精霊を排除することにも繋がります。それでは、困りますから」


 精霊を神性なものとして扱っていることも多く、東京都の一部とはいえ、カクリモノが入れないように祓魔の力を強くすることはできなかった。

 そもそも維持することも莫大な力が必要で、今のカクシリャが減った世の中では不可能だった。


「サボるとか言ってませんでした? さっき」

「現在進行系でサボってるけどな」


 もはや、まともに取り合うこともめんどくさくなる。干川が逵中たちに連絡したほうがいいか聞けば「関わりたくない」と、なんとも言えない表情をされた。

 おそらく連絡はしたほうがいいのだろうと、一方的に朱雀に言いがかりをつけ続けている斎藤を横目に干川が携帯を取り出せば、暗い。影だ。


「……?」


 日向がのぞき込んでいるのかと、顔を上げれば、先程まで眠そうだった目を見開いて別の場所を見ていた。その視線の先を追えば、視界が反転した。

 衝撃と痛みよりも、何が起こったのか確認しようと顔を上げれば、先程まで自分たちがいた場所にトラックがひっくり返っていた。そして、近くには干川と同じように尻餅をついている日向と、ふたりを抱えて跳んだ斎藤。それから、ひっくり返ったトラックに駆け寄る朱雀の姿。


「大丈夫ですか!?」


 トラックの荷台は大きくひしゃげていたものの、先程の落下の衝撃は風鬼が抑えていたはずだ。運転手の安否を確かめるために、運転席をのぞき込めば、ガラスはヒビが入り、中は物が散乱しているが、運転手は大きな怪我はしていないようだ。ただ何が起きたのか理解はできず、目を白黒させていた。

 朱雀はすぐに体を滑り込ませ、運転手を救出し始めた。


「ユーキ! 無事!?」

「うん。無事。ありがと」

「こっちに礼言えよな」

「はいはい。ありがとうございましたー」

「誠意がこもってねェ!」

「ふぁぁ……で、どこからあのトラック飛んできたんだ、か」


 三人の視線は自然と、トラックの飛んできた方向に目をやり、全員が言葉を詰まらせた。そこにあったのは、というよりもいたのは、


「「キングコ○グのケツ」」


 まごうことなきゴリラの尻だった。しかも、相当巨大な。

 いっそ、巨大ゴリラが暴れてくれていれば、ただのカクリモノとして処理するだけなのだが、不思議なことに下半身、後ろ足と尻だけがビルから出ている状態で、上半身はどこにもない。めり込んでいるにしても、置くの建物にヒビはない。

 だが、後ろ足を先程から暴れさせては、周囲の物を飛ばしている。おそらく、先程のトラックも足が当たったのだろう。


「アレ、なんだ……?」


 干川の目には、巨大ゴリラの下半身に絡まる網とビルに描かれた魔方陣が見えていた。だが、結界の類ではない。

 資料で見たことがないか、じっと見つめていると、めくり上がったコンクリートの道の一部が蹴り飛ばされ、迫る。


「ィ゛――」


 コンクリートの破片は、斎藤が弾いたおかげで干川に当たらなかったが、路肩に止めてあった車に大きなへこみを作った。


「おい! どうなってんだ!? アレ!」


 門ならば斎藤たちにも見える。だが、門は見えない。もし門が小さいなら、あのような出方にはならないだろう。


「転移陣です」


 斎藤の問いに答えたのは、運転手を安全な場所に避難させた朱雀だった。


「下半身しか出てないのは、おそらく、結界が作用して入り込めいない状態だから、詰まっているんだと思います」


 調節したばかり、しかも祓魔に関しては減少していた力を補充したため、カクリモノが結界に絡み取られ入れなくなっている状態だという。

 朱雀はじっと魔方陣を見つめると、


「おそらく、固定型の転移陣。術者がふたり。それぞれの場所から転移させるものです」


 今の巨大ゴリラの状態から考えて、東京23区の結界の外からの転移だ。大きな物になれば、飛ばすのに相当の力いるため、もうひとりの術師もそれほど遠くにはいないはずだ。


「固定型で、出口であろうこっちにケツ。アンド、暴れてる」

「メチャクチャ、アナログじゃねェーか」


 必死に押し出したのだろうと、魔方陣の向こう側の術者に妙な労いを感じてしまう。


「つーか、どうすんだよ。コレ」

「ケツ切れば」

「ア゛!?」

「倒すなら下半身だけでは……」

「だったら、テメェが燃やせよ」

「転移は陣を挟んで別空間。炎鬼の炎じゃ、上半身燃やせないよ」


 一瞬、雷鬼の方を見たが、干川の頭の上で寝転がっている。


「押し返す」

「向こう側の被害を抑えるためにも、位置の確認が先かと」

「あの、魔方陣が消えたらゴリラってまっぷたつ、っすか」

「そうです」


 そのためには魔方陣を壊すか、術者を倒す必要があるが、魔方陣に詰まっているゴリラのせいで、魔方陣を壊すのはまず不可能。となれば、術者を探すしかないが、それもまた一苦労だ。


「たぶん、術者わかります。なんか、魔方陣から糸が3本でてて……」


 2本は同じ方向に向かっているが、1本は近くだ。近づかないと誰かまでは特定できないが、近づくことはできる。


「活きのいいゴリラだったら上半身で動くけど構わねェよな」

「足が生えてるより行動範囲は狭いだろうし。近くにいるアナログな奴らのことは知らん」

「それだけ特徴があれば探すことも可能かと」


 作戦が決まれば、斎藤と干川、日向はゴリラに近づく。魔方陣から出ている糸を辿り、黒い帽子に携帯でなにやら電話をかけているような男。


「あいつっす!」


 干川が指せば、男は慌てたように逃げ出した。その背中を追う斎藤に、干川はすぐに魔方陣の方へ向き直る。もう2本。

 辿るように目で追う。他になにか見えないかと凝視すれば、激痛。


「ゥ゛ッ……」

「干川!?」


 目も開けられないような激痛。朱雀の慌てたような声も聞こえてきた。


*****


 本部にいた逵中たちにも、下半身だけのゴリラのカクリモノの連絡が入った。連絡をしてきたのは朱雀だが、現場に日向たちがいたことを聞くと、榊はすぐに日向に電話をかけた。

 あちらの術者は現在、斎藤が追いかけている。すぐに捕まるだろう。固定型ということは、多少消えるまでに時間はかかるが、問題は下半身よりも上半身の方だ。


「それで、干川の様子は?」


 外傷は特になく、目の中の問題になると医者に見せなければわからない。能力を使って何かを視たことによるフィードバックの可能性もある。


『ぇ、茶色いコートにフード?』

「なんだ?」

『干川がそんな人が見えたって……たぶん、もうひとりの術師』

「茶色いコートにフード、わかった。干川にはあまり無理するなと伝えてくれ」


 電話を切ると、青山が大きなケースを持って不思議そうに聞いてきた。


「今の、あの嬢ちゃんだろ? 嬢ちゃんの式なら、転移、貫通できるのいただろ? 黄色いのとか」

「今日は結界の調整してたから、あのふたりも結城に負担かけるようなことは自発的にはしないよ」

「ふーん……爺様にいったら怒鳴られるな。絶対」


 大きなケースを榊に差し出すと、今度は地図を広げた。


「上半身のみのゴリラと戦闘中の四人を発見。場所はここ」

「早いな」


 情報が来てから、まだ十数分のはずだ。方向が分かっていたとはいえ、仕事に速さに驚く他ない。


「大結界に入れないレベルのカクリモノが現れ、転移ができる距離って言われたら、そりゃ、範囲は狭いさ。逵中さんはもう向かってる。アンタはコレで十分だろ?」


 ニヒルに笑われた理由はわかった。手に下がるケースの重さに、榊も頷く。

 位置につき、ケースを開ければ案の定ライフルだ。スコープをのぞき込めば、山肌に確かに上半身のみのゴリラと、四人の人影。その内のひとりは、茶色いコートにフードを被っている。


「あいつか」


 どうやら術師もそばにいるらしい。


『もうすぐ現場に到着する』


 無線から逵中の声がする。どうやら、もう到着するらしい。


「了解。転移陣を発動させているのは、茶色いコートにフードを被っているやつだ。僕がカクリモノを仕留める。逵中は人の制圧を頼む」

『了解した。発砲と同時に突入する』


 榊は弾を作り出すと、ライフルに詰め、照準を合わせる。腹などの当たりやすい急所は半分に切れていて狙いにくいため、頭の方へ照準を合わせる。


「…………」


 引き金を引いた。

 スコープの中には、痙攣したように震えるゴリラと、突然現れた車から素早く全員を制圧した逵中が映っていた。

 制圧を終える頃には、ゴリラの上半身は地面に落ちていた。


 その頃、足も道路に落ち、動きを止めていた。


「トカゲのしっぽ」

「上半身は、榊さんが仕留めたそうです」

「嘘!? じゃあ、本部の辺りだったの?」

「まぁ、そうかもしれません」


 警察がゴリラを回収し始めると、朱雀は心配そうに干川の方を見る。涙は止まったようだが、まだ痛いらしく、目が開けられていない。

 フィードバックなら、今後のためにもしっかりと調べなければならない。


「なるほど。天然物の観測者か」


 路地の入口に立っていた男は、ニヒルに笑った。

 その次の瞬間、首元には特徴的な形の刃。メリケンサックのような刃を握り、睨む男に、男は特に驚いたわけでも、恐怖したわけでもなく、刃を軽く叩いた。


「日本人は礼儀正しいと聞いたが、どうやら違うらしい」

「テメェ、ジジィんのとこのヤツじゃねェな」

「悪いが意味が理解できない。英語で頼むよ」


 斎藤は男から警戒を解かずに、簡潔に言い放った。


「ここでなにしてる」


 男は何も答えず、笑った。


「答えねェなら――」

「珍しいものを見せてもらった礼だ。今回はなにもしない」


 そして、斎藤の手をゆっくりと押しのけると、路地から出ていき人混みに紛れていった。


「……」


 大きな舌打ちをつくと、斎藤は三人の元へと戻った。

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