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未知標  作者: 一族
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第九八話 指極星(一四)

 景に続いて静のLBA挑戦を知らされたのは高遠祥子と伊澤まどかだ。ミニバスケットボールのころから静と共にバスケットを続けている妹分たちである。部活の前に学生食堂に呼び出され、姉貴分の意志を聞いた二人の高揚ぶりは、実にすさまじかった。

「エンジェルスなら、静先輩、アーティと一緒にプレーするんですか!?」

「シェリル・クラウスもいますよね!」

 アーティ・ミューアとシェリル・クラウスという、世界的名手たちの名を列挙し、二人は目を輝かせている。

「アーティのサイン、予約ですよ」

「いや。そもそも受かるかどうかわからないし……」

「受かります。先輩が落ちるわけがありません」

「異議なし!」

 このあたりの明るい反応は、静に誘われて始め、静がいなくなるのでやめる、という競技に対しての姿勢に問題のある景とはだいぶ違う。二人は姉貴分を愛するのと同様に、バスケットボールも愛しているのだ。

「それにしても」

 一息ついた祥子がつぶやいた。

「結局、先輩と一緒に試合できたのは、冬の予選が最後になりましたね」

 静は二人に部を離脱する旨も説明していた。

「いや。年が明けたら、いっとき、戻るよ。その時、また一緒にできる」

 夏に開催された全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会の勝者である鶴ヶ丘高校は、翌年始早々の開催となる全日本バスケットボール選手権大会の出場権を得ている。

「春菜さんが、私の壮行試合をしてくれるって」

「全日本選手権で、ですか?」

 妹分たちが顔を見合わせた。

「……よっぽど組み合わせがよくないと、無理じゃないですか?」

「私も、そう思います」

 まどかの声に、祥子も追従した。

「正直、私もそう思うかな……。特に、私たちね。日本リーグのチームと当たったら、一巻の終わりだし、大学生も上位は、やばいよね」

「……まあ、でも、最後に先輩と一緒にできる、ってわかって、よかったです。舞浜大での練習、頑張ってきてください」

「私たちも冬の選手権、取れるように頑張りまっす!」

 妹分たちの激励を受けた静が、景と共に舞浜大学の練習に参加し始めたのは、全日本大学バスケットボール選手権大会を制した舞浜大学女子バスケットボール部が凱旋した一二月初旬のことである。同じタイミングで全日本バスケットボール選手権大会の組み合わせが発表された。

「いい組み合わせになりましたね」

 配布されたトーナメント表のコピーを手に春菜が言った。鶴ヶ丘高校と舞浜大学は同じ山の隣接するグループに配された。両校が対戦するには、それぞれがグループを勝ち抜いて準々決勝まで進む必要がある。その道程は、まず鶴ヶ丘高校だが、一回戦で正応(じょうおう)大学、勝ち進めば二回戦は築浦工科(つきうらこうか)大学ときて、ここも突破すれば三回戦の相手は、下位とはいうものの日本リーグ組のみかん銀行シャイニング・サンとなる。いずれもが格上だ。静と景の共通した見解は、一回戦を突破できれば、であった。

 一方の舞浜大学はシード扱いのため二回の勝利で準々決勝に進出できる。二回戦となる一戦目で、一回戦を勝ち上がってきた大学生か社会人と、三回戦となる二戦目では日本女子バスケットボール界二大巨頭の一であるウェヌススプリームスを連破すればいい。

「舞浜大は、大変なことになりましたね」

「何が大変なんです?」

「だって、ウェヌスがいるじゃないですか」

「それの、何が、大変なんです?」

 愛想笑いしかない静と景だ。

「静さん。正確な情報の収集と分析ができないようでは困りますね。ウェヌスごときに私が後れを取るとでも思っているのですか」

 静はつと春菜のそばに寄った。

「……いえ。春菜さんは、負けない、と思ってますけど。舞浜大がウェヌスに勝つのは、難しいな、と」

 舞浜大の体育館での一こまだ。周囲にいる部員たちに遠慮して静は小声である。

「それを、正確な情報の収集と分析ができていない、と言っているのです。他の四人が赤ん坊でも私の勝ちです」

 胸を張った後で、春菜は笑った。

「すみません。さすがに言い過ぎました。赤ん坊では、スローインができません。一人だけ、ミニバスの子ぐらいにさせてください」

「え……」

「信じてませんね? こんな人がエースでは鶴ヶ丘が心配になってきましたよ。どうせ、一回戦を突破できたら、とか考えているんでしょう。静さん。あなたがアメリカに行ってまで打ち倒したいと願った女の、本領をお見せしましょう。鶴ヶ丘にも勝ってもらわないといけませんし、一月まで飛ばしていきますよ」

 宣言を受けても静は、さすがに、という姿勢を崩さなかった。崩せなかった。いかに春菜の力が絶大であろうとも、これは無理筋だ。バスケットボールはチームスポーツである。一人が優れていても、他で絶望的な差があれば、勝利はおぼつかない。チームにもう一人春菜がいたなら、もしかしたらもしかするかも、と思うが。これは、つまらぬ妄想である。

 夏に春菜が宣言した「全員ファウルアウト」作戦も、あのウェヌス相手に通じるはずはないだろう。自分たちも勝ち上がることはできないし、舞浜大も難しい。ほぼ、無理だ。春菜の色白の顔に浮かぶ笑みは、冗談ないしは虚勢の類いと、このときの静は思っていたのだ。

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