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未知標  作者: 一族
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第九三話 指極星(九)

 前触れなく登場してきた老音楽家に、剣崎は大いに泡を食ったようだ。孝子の一報を受けるなり、信之と連絡を取って、何やら密にやりとりしたらしい。詳細は信之の参加の決定から、さらに一週間がたった日曜に判明した。

 呼び出された喫茶「まひかぜ」のカウンターには、剣崎と信之が並んで座っていた。

「おじさま……!」

「おはよう、ケイティー。おしゃれなニックネームをもらったね。孝子ちゃんなら、きっと気に入ってると思うんで、僕も呼ばせてもらっていいかい?」

「こちらからお願いしたいぐらいです」

「そうだ。『指極星』には、ベースでも参加させてもらうよ。あと、ギターも」

「えっ」

「ゴーサインをもらってね。ケイティーの知り合いなんで、甘く見てもらった、とは思いたくないけど。どうだったのかな」

「見てませんよ。全く」

 剣崎は笑いながら首を横に振った。

「いるものなんだね。このレベルの演奏家が、まだ、在野に。正直なところ、驚いた。ああ。『指極星』のアレンジ、できましたよ。下で、どうぞ」

「もう……?」

 信之の参加を知らせると同時にスコアを送り付けた。すなわち、まだ一週間たっていない。

「彼も必死だよ」

 岩城がつぶやいた。

「いまいち、信じられていない、と思っていたら、この人がいたのか、ってね。負けてられないんだ、って気合いを入れたのさ」

「それは、私の意に染まないことばかり言ってくる剣崎さんが悪いんですよ。やれスコアを見せろ、やれ曲をよこせ、歌を歌え、なんて」

「耳が痛いな」

「まあ。そのおかげで、この年にして、貴重な経験をさせてもらえているわけだ。ケイティー。大目に見ようよ」

「はい」

「これぐらい、俺にも素直に接してくれたらな、って思ってるよ。きっと。はい。お上がり」

 孝子の目の前に淹れたてのコーヒーが供された。

「いただきます。剣崎さんの場合は、過去の実績があるので、難しいですね。お名前が出たら、常に色眼鏡ですよ」

 澄ました顔で言うと、大人たちは失笑だった。

 その後、岩城も加えた四人は地階にある剣崎の仕事場に降りた。『指極星』の視聴のためだ。

 さすがに剣崎のアレンジは見事だった。流麗の下に重厚をしのばせた調べは、歌詞に込めた孝子の意志とも合致している。

「剣崎さん。完璧です。これでお願いします」

 孝子は激賞した。どうやら静の依頼に、無事、応えられそうだった。

「ありがとう。じゃあ、オケ作りに入ります。二週間でなんとかします」

「頑張りましょう」

 剣崎と並んで座っていた信之がうなずいた。

「今回は、生音で攻めてみようと思います。ベースとギターは郷本さんにお願いして、それ以外は、俺がやります」

「剣崎さん、電子オルガンの演奏はお見事でしたけど、他の楽器も得意なんですか?」

「主だったものなら。俺は楽器の開発に籍があるんで、いろいろと触る機会も多いんですよ。それに、なんでも手っ取り早いのは、自分でやることなんで。金もかかりませんし。いざとなったら、全部、一人でできる、っていうんで、この業界では重宝されているんですよ。何かあったら、頼ってください」

「いえ。お付き合いは、これが最後になると思うので」

「小気味がいいな」

 岩城が割って入ってきた。その顔は笑み崩れている

「二人の丁々発止は大好きだよ。まだまだ見せてほしいな」

「え……」

 孝子が口をとがらせた脇では、剣崎が天を仰いでいる。

「岩城さん。丁々発止って、俺が、たたきのめされてる状況なんですがね」

「そうなるね。君がケイティーに対して強気に出られる理由なんて、ないんだし」

「今の部分だけを聞くと、岩城さんは私の味方なんですけど、丁々発止をお目にかけるには、剣崎さんと顔を合わせないといけませんし」

「まあまあ。ご老体のご希望だ。沿ってあげたらいいんじゃないかな」

「郷本さん。あなた、僕と一つしか変わらないでしょう。何を、ご自分のお年を棚に上げてるんですか」

 御年六六と六七による掛け合いという。この手は孝子の好むところであった。音楽家としての剣崎を頼るのは、これが最後という思いに変わりはない。だが、快い空間まで一緒くたに切り捨てるのも惜しかった。正村麻弥の存在もある。どの程度まで彼女と音楽家が接近するのか、今の時点では判然とせぬが、見守ることのできる距離ぐらいにはいてもいいだろう。そう決めた孝子だった。

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