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未知標  作者: 一族
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第八九話 指極星(五)

 早速、麻弥はその日のうちに剣崎龍雅に連絡を取っている。面会の約束を取り付けた、という報告に、孝子はうなずいた。

 翌日、正午前に神宮寺三姉妹と麻弥は家を出た。運転は麻弥で、喫茶「まひかぜ」に孝子を連れていき、その後、静と那美の姉妹を鶴ヶ丘まで送り届ける、という順番だ。春菜は五人乗りに遠慮して留守番である。

「私もここで降りていい?」

 喫茶「まひかぜ」の前に車を寄せたところで、那美だった。

「ここのコーヒー、すごくおいしい。いつか二人にも紹介したいけどね。今日は遠慮してね」

 助手席を出かかっていた孝子が、振り返って言った。

「今日がいい」

「駄目。昨日から、ちょっと那美は調子に乗り過ぎだよ」

 静が語気を強めてたしなめた。

「……全員で寄っていくか? そんなに時間のかかる話でもないだろうし」

 後部座席でにらみ合う姉妹を見て、麻弥は孝子に問う。

「大勢で押し掛けて、岩城さんにご迷惑にならないかな」

「ちょっと聞いてきて」

 問題ない、との返答を得て、一同は「まひかぜ」の中に入った。総木張りの店から醸し出される雰囲気と、その場にふさわしい風格の老店主。この「まひかぜ」の重厚も、年若い娘たちの侵攻で、さすがに崩れたようだった。

「これは、一気に明るくなったね」

 目を細めて岩城が一同に席を勧めた。先ほどまで騒いでいた那美は、小さくなって隅の席に着いた。後に静にだけ語ったところによると、まさか麻弥さんの好きな人が、あそこまでおじさんだとは思っておらず、驚いた、とのことだった。このとき、麻弥が満で二〇になる年の一九歳。剣崎が満で三四になる年の三三歳である。満で一五歳の那美とすれば、剣崎は立派な「おじさん」だろう。

 本題を前に岩城のコーヒーが供される。説明を担うのは麻弥だった。ここにいる孝子の妹の静はバスケットボールをやっていて――途端に岩城が、あっ、と声を上げた。

「ケイティーの妹さんって、鶴ヶ丘高校の神宮寺選手か。有名だよね」

「ケイティー?」

 黙々とコーヒーを飲んでいた那美が「ケイティー」に反応した。

「ああ。あなたのお姉さんのニックネーム」

「どうして、ケイティー?」

「ご存じかな。昔、アメリカにケイト・アンダーソンって歌手がいたんだけど、あなたのお姉さんは、その人のことが大好きでね。声も似てるぞ、って僕たちおじさん連中で盛り上がって。それで」

「かわいい。孝子お姉ちゃん。私もケイティーって呼んでいい?」

「いいよ」

「那美。呼び捨てはやめなさいよ」

 渋面の静が妹にくぎを刺す。

「愛称なんだし、気にしなくていいよ。静ちゃん。私、このニックネーム、すごく気に入ってる。呼んでいいよ」

 リクエストを受けて、静の内面では、しばし、深刻な自問があったようだ。

「……お姉ちゃん、ごめん。お姉ちゃんをニックネームでは呼べない」

 生真面目な義妹の申し出を孝子は受け入れた。

「やあ。話の腰を折っちゃって、申し訳なかったね」

 岩城が麻弥に話の続きを促した。受けて麻弥は、静のLBA挑戦に始まり、孝子への応援歌制作依頼までを、一気に語ったのだった。

「その話を俺に聞かせてくれた、ってことは、応援歌に関わらせてくれるのかな」

「アレンジとレコーディングをお仕事として依頼したら、どのくらいの費用がかかるのかをお聞きしたいと思いまして」

「待った」

 孝子と剣崎の会話に割って入ったのは岩城だった。

「剣崎君。舞浜っ子の挑戦だよ。まさか、お金を取るなんて言わないだろうね」

「見損なわないでください」

 笑い合う二人に、今度は孝子が割って入った。

「それは困ります。正規の料金を受け取っていただけないのでしたら、お願いできません」

「同じ舞浜っ子としてのはなむけだよ」

「駄目です」

 途端に重くなりかける空気を、あっさりと元に戻したのは、この場の最年長者だ。

「そういえば、ケイティーの誕生日はいつ?」

「え……?」

「もう成年にはなった?」

 あっ、と孝子は目を閉じ、両の手で頬を押さえる。

「二月です」

 笑いをこらえながら、麻弥がばらした。にらみ付ける視線も、このときばかりは、いつもの迫力を欠く。勝負あった、だ。

「お金のやりとりがあると、どうしてもこの間みたいに面倒な話になるでしょう。今回は、このおじさんのおごり、ってことにしておきなさいな」

「……剣崎さんだけだったら、押し切れたのに」

「危なかった。岩城さん、助かりました」

「お金をもらい損ねたのに感謝されるのも、妙な話じゃないか」

「最初に言い出したのは岩城さんですよ」

「今日のコーヒーはおごりにしておくよ。それで、ちゃらだ」

「たったの五〇〇円じゃないですか」

「じゃあ、つけだ」

「悪くなってますよ」

 軽妙なやりとりに、孝子たちも釣られて笑いだしていた。おそらくは、大人たちの作戦どおりだったことだろう。話はまとまった。

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