第八七話 指極星(三)
四人のじゃれ合う姿を眺める孝子の様子に、静は不安になったようだった。確かに孝子、じっと押し黙ったままである。
「……もしかして、ここで言っちゃいけないことだった?」
恐る恐るで静が切り出してきた。
「いや。二人は知ってる。どうしてわかったんだろうな、って考えてたの。声?」
「あの歌って、映画のだよね。テレビでCMをやるじゃない。そのたびにお父さんとお母さんが反応してて、なんだろう、って。調べたら、歌ってる人が『岡宮』って名字だし。よくよく聞いてみればお姉ちゃんの声っぽいし」
静の説明を受けながら、孝子の相好は柔らかに崩れていた。神宮寺隆行は声だけで孝子を確信したという。一方、二人の異母妹たちは、声だけでは判然としなかったようだ。過日、隆行と親子の交流を深めてきたばかりとあって、その差異が、今の孝子にはほほ笑ましい。血縁の事実を、既知か、未知か、というのは、当然、勘考すべきとしても、だ。
「どうした?」
麻弥の声に、孝子は緩んでいた顔を引き締めた。
「まさか、あの二人に裏切られるなんて」
口に出したのは、全く、別の話である。
「こればっかりは仕方ないだろ」
「うん。隠し事って、難しいね。……二人とも、聞いて。絶対に、他言無用だよ」
「そもそも、なんで私たちに隠してたの」
口をとがらせたのは那美だ。
「恥ずかしいじゃない」
「二人には話してるじゃない」
「契約に親権者の同意が必要だったの。成人してたら自分だけで決めてた。おばさまにでも話さなかったよ。絶対に」
素っ気なく返されて、那美は沈黙する。
「……どういう経緯で、歌うことになったの? まさか、オーディションとか、そういうの?」
「違うよ。恥ずかしい、って言ったじゃない」
「うん。だから」
「詳細は、そこの『悪女』に聞いて」
唐突に矛先を向けられて、麻弥はむせ返っている。
「麻弥ち……? 麻弥ちが勝手に応募、とか?」
「するか。絶交される」
「じゃあ、何よ」
「いや……。別に……」
頬を赤らめ、額に汗さえ浮かべている麻弥に、静も那美もけげんな顔だ。
「実際は、麻弥ちゃんのところだけ切り取っても、何が何やらだけどね」
風谷涼子から斯波遼太郎を経由して剣崎龍雅へと至った出会いの流れを、孝子はかいつまんで語っていった。
「さあ。後は『悪女』の番だ」
再び向けられた矛先に、麻弥は天を仰いでいる。ここで口を開いたのは春菜だった。
「その剣崎さんって、ちょっと渋くて、雰囲気がある方なんですよ。正村さんが、ぽっ、ってなってしまいまして」
視線を受けて、麻弥は隣に座る春菜に抱き付いている。春菜は麻弥の体を抱え込むようにして、話を続ける。
「例の映画、『昨日達』っていうんですが、主題歌の制作が難航してたそうなんですね。で、剣崎さんからお姉さんに、力を貸してもらえないか、って依頼があったんですよ。ただ、最初、お姉さんはかなり渋ってらして」
「……そこに、麻弥ちが?」
「そうです。お姉さんに頼み込んで。それで、お姉さんも、仕方ないな、って」
春菜に抱えられた麻弥は、顔を手で覆って、微動だにしない。
「へえ……。なんか、意外。麻弥ちが男の人に夢中になるって」
「でも、那古野に行くとき、麻弥さんは静お姉ちゃんのこと、うらやましい、って言ってたよ。あのときは、もう?」
「そうだね。剣崎さんとは、もう会ってた。そうだ、二人とも、気付いた?」
「何が?」
「麻弥ちゃん、髪を伸ばしてるの。愛しの龍雅さまのために、伸ばしてるんだよー! きゃー!」
孝子に続いて、きゃー、が三つだ。麻弥、めった打ちである。




