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未知標  作者: 一族
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第八五話 指極星(一)

 九州は熊本県で実施された国民体育大会において、バスケットボール少年女子の部の決勝は、ほぼ高校総体の決勝の再現となった。ほぼ、とは、愛知県代表は全員が那古野女学院高等学校の選手で構成されていたのに対して、神奈川県代表は鶴ヶ丘高等学校の選手を主体として構成されていた。この差による。

 池田佳世の躍動を許した神奈川県代表が、愛知県代表に大差で敗れた試合に、神宮寺静は参加していない。高校総体の直後に行われた関東ブロック大会を療養のために欠場して、参加資格を満たさなかったためだ。静が出ないなら、と海の見える丘の三人娘は、この試合に興味を示さなかった。

「そもそも、テレビがないしな」

 麻弥の発言に孝子も春菜もうなずいた。ちょっと調べれば、熊本の地元局が注目度の高い種目をインターネットで配信していた、とわかったはずなのだが。熱量のない三人だった。

 静と那美の姉妹が海の見える丘を訪ねてきたのは、その週末のことだった。

「送ってもらったのか?」

「いや。那美に聞いてたけど、ここの坂は長いね」

「歩きか。呼べよ」

 季節はすっかり秋で、晴天の昼下がりであっても汗みずくになったりはしない。しかし、だ。ぶつぶつ小言を見舞いながらLDKに二人を導いた麻弥が、孝子と春菜にウインクで合図を送る。孝子と春菜はすぐに気付いた。最後尾の那美が、明らかにむすっとしている。

「これ、お裾分け。みんな、気を使って買い過ぎ」

 静の手にしていたトートバッグの中は菓子の箱が詰まっていた。遠征していた鶴ヶ丘勢が、不在のエースのために買ってきたものだ。

「国体か。神奈川は、残念だったな」

「まあ。私がいなけりゃ、あんなもん」

 明るく笑って、その後で、おっと、と静は舌を出している。

「いえ。実際、そうですよ。静さんの存在は、鶴ヶ丘にも神奈川にも大き過ぎます」

 ここで無言だった那美が春菜に組み付くと、懸命に押し込む。

「那美さん。そろそろメロンを送らせましょうか?」

 しかし、那美は口をとがらせながら春菜を離れ、次は孝子の隣に立つと、何度も細い体に肩をぶつける。

「どうしたの、那美ちゃん……?」

「春菜さんとお姉ちゃんは別件。それぞれ別のことで那美は怒ってる」

 にやにやと静はしているが、まるで心当たりのない二人は、顔を見合わせるばかりだ。

「春菜さん」

「はい」

 静の顔から笑いが消えた。那美が孝子の肩に頭を預ける。

「私、LBAに挑戦する」

 既に事情を承知していた那美は、いっそう、その表情を曇らせる。春菜は、らしくなく全身をこわばらせている。そして、孝子と麻弥の二人は、首をかしげ合っている。LBAがわからないのだ。

「アメリカの、女子バスケのプロリーグです」

 LBAは「Ladies Basketball Association」の略、と春菜の説明だった。

「北崎さんのせいだよ。北崎さんが、もうちょっとへっぽこだったら、静お姉ちゃんも、こんなことを言い出さなかったのに」

 孝子の肩に頭を預けたまま、那美がつぶやく。

「舞浜大の練習に参加させてもらって、確信したんです。普通じゃ、絶対に追い付かない、って。この人は、私はもちろん、他の誰とも次元が違う」

「そのとおりです」

「春菜さんの言ったとおり、おそらく、一番の方法は、一緒にやることなんです。でも、それは、嫌。私はあなたに勝ちたい。あなたの隣には立ちたくない」

「はい」

「なら、LBAしかない、って。正直、LBAにも春菜さんに匹敵する選手がいるか、どうか、わかりません。でも、少なくとも、日本にはいない」

「よくおっしゃいました」

 孝子、麻弥、那美は、この奇妙なやりとりに、ただただ圧倒されている。片側の意気の盛んさと、そして、片側の自負の強大さと、にである。

「これ、いただいても構いませんか?」

 春菜が指したのはダイニングテーブルに置かれた土産の菓子箱群だった。

「はい。どうぞ」

 春菜は菓子箱の包装紙を丁寧に開くと、中のまんじゅうをつまむ。頬張ったまま、室内をうろうろとして、食べ終わったところで皆のほうを向く。

「予想どおりに、いいプレーヤーに育ってますね。その意気やよし」

 静の成長を示しているのだろう、左手を右手から左肩のほうへと斜めに動かしている。左利きの春菜がこれをすると、対面の孝子たちには正しく右肩上がりに見えた。

「でも、ここで、一気に私の予想を超えてきました。LBAですか。考えたこともありませんでした。すごい。これは、すごいですよ。LBAで成功した日本人は、一人もいません。そこに挑みますか。どうしても私に勝ちたいんですね。挑んでくるんですね。いいでしょう。静さんの挑戦を、改めて、受けましょう」

 言いながら、手がまんじゅうに伸びる。数分にわたって続いた独白の最中に、春菜は五つのまんじゅうを平らげていた。

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