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未知標  作者: 一族
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第七三八話 花咲人(三)

 一週間がたった。カラーズに那美と清香が参加してからの日にちとなる。北ショップでのアルバイトを終えた孝子は、そのうちの一人を拾うため、SO101に向かっていた。

 インキュベーションオフィスへと続く道は、すっかりと暗かった。午後七時にもなっていないというのに、秋の日はつるべ落としとは、よく評したものだ。また、肌寒い。一〇月の初旬だぞ、と言ってやりたくなる。寒気を好まぬ孝子である。足早に抜けていく。

「帰るぞ」

 SO101には那美が一人だった。いたり、いなかったりの尋道は、この日は不在で、人妻の清香は帰りが早い。

「はーい。もうちょっと待って」

 那美はノートパソコンのキーを高速でたたきながら言った。

「どっち」

「歩合給なの。もりもり働かないと」

 孝子は那美と相対で座った。

「思ったよりも真面目にやってるね」

「郷本さんに言われたとおり、すかんぴんだもの。お金、欲しい。お小遣いの申請制なんて、くそ食らえだよ」

「まあ、ね。特に相手がおばさまじゃあ、ね」

「ねー。ケイちゃん。お給料が入ったら、おごってあげる。郷本さんとサーヤちゃんにもおごるー。そのためにも、稼ぐー」

「しみったれのイメージがあったんだけど、もしかしたら、すかんぴんだったせいかな」

「あるかも」

 話しながらも那美のキーをたたく手は一切の減速がない。

「あと、ね」

「うん」

「カラーズって、来年度をめどに移転するんでしょう?」

「するね」

「舞浜駅の、すぐそばだってね。医学部は二年から双葉に移るの。助かるー」

「そうなんだ。ああ。医学部の本拠地って、あっちか」

「うん。郷本さん、ね。働きぶりによっては、新しい社屋に、一室、与えないでもない、だって。頑張って勝ち取るよ」

「双葉なら、成美大叔母さまのお宅があるじゃないの」

 舞浜大学の双葉キャンパスが所在する北区双葉には、神宮寺家の長老、成美が住まっている。キャンパスに隣接する大学病院から指呼の間、ということは、キャンパスとも、ほぼ指呼の間、だ。

「嫌だよ」

 那美は大仰にかぶりを振った。

「あそこだと、私、完全な下っ端だもん」

「ここでだって、下っ端でしょう」

「立場的にはね。待遇的には、郷本さんもサーヤちゃんも優しいから、全然、下っ端感がないよ」

 甘やかして、と言いかけて、依然、続いている那美の猛烈なキータッチを見て、考え直した。

「この間、言ったけど、締め付けるばかりじゃなくて、うまく乗せたらいいのかな。ナミスケは」

「そうそう」

 那美は大いに首肯する。

「やっぱり、ね。ケイちゃんが重用するだけはある。郷本さん、うまいよ。いつの間にか、乗せられてるもん。で、サーヤちゃんも郷本さんをならってか、ちやほやしてくれるし」

「カラーズに、その人あり、の男だしね」

「ケイちゃん。話は戻るんだけどね。日曜日に、新社屋の内覧に連れていってもらえるの。行かない?」

「私は聞いてないぞ」

「無駄な行動は、はなからしない、って言ってた」

 尋道め。どうせ、誘っても、いい顔をされない、と孝子を見切ったわけか。こしゃくな。

「行くよ。ただし、ナミスケ。私が行く、って言わないで。襲撃してやる」

「はーい。楽しみー。終わったら、どこかでご飯食べようよ。うちの片付けもサボれるし、一石二鳥」

「新家」の立て替えに備えた引っ越しの準備か。今の「新家」は一一月より取り壊し工事を始める、と聞いているが。

「もう、そんな時期なんだ。お手伝いに行かないとかな」

「やめたほうがいいよ。いちいちチェックしてきて、うっとうしいの。だったら、全部、お母さんがやるのが手っ取り早いよ、って言いたくなる」

「ナミスケの信用がないだけでしょう」

「うるさい。愚姉」

「なんだと。てめえ、置いて帰るぞ」

「置いて帰ったら、ケイちゃんにおごるの、かっぱばっかりにするぞ」

 言うに事欠いて、の憎まれ口であったろうが、なぜか、興に入った。かっぱ。かっぱ。この後、孝子の思い出し笑いは、長く続いたのであった。

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