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未知標  作者: 一族
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第七三三話 よいよいよい(二九)

 走りだして、すぐだ。助手席から、ぼそぼそと聞こえてくる。尋道が、何やらつぶやいている。独り言なのか。話し掛けてきているのか。レーシングカーに毛が生えたような車の面目躍如で聞き取れない。尋道の肩をつつき、待て、と左手で示した。目に留まったコンビニの駐車場を寸借する。

「何か言った?」

「いえ。愚痴です。あの馬車馬、いいかげんにしろ、と。依田さん、おっしゃってたじゃないですか。猛烈は、しない、させない、って。ならば、動きがあるのは週明け以降でしょう。それぐらい読んでほしかったんですがね」

 愚痴か。聞くのではなかった、と思いかけて、孝子は、はっとした。

「やっぱり、仕掛けてたんだ」

「仕掛けた、というか。期待どおりに運んでくれましたね」

「期待? 読みどおりじゃなくて?」

 返事より先に、あくびが返ってきた。

「ちょっと気になるな。コーヒーをおごっていい?」

「いただきます」

 孝子はひとっ走りして苦そうなやつを買い込んできた。

「ほい。飲め」

「ありがとうございます」

 尋道は缶コーヒーを一口、含んだ。

「染みますね。ええ。読み、ではなく、期待、です。大ナジコの社長さんが、どう動くか、なんて僕に読めるはずがない。ただ」

 視線が孝子に注がれた。

「人を引きつける魅力を備えていらっしゃる方なのでね。今日、必ず会える、となれば、いらっしゃるんじゃないかな、なんて」

「つまらないことを」

「個人の信心にけちを付けるのはやめていただきましょうか」

 ずいと迫られた。やぶをつついてなんとやらは避ける。

「はいはい。ごめんあそばせ。で、その後は?」

「もしも依田さんがお越しになった場合に備えて希少な車を手配したり」

 それで、一挙何得、か。考えてみれば、当然だ。みさとの依頼に応える。孝子におもねる。この二つだけならば、両得、で足りた。三つ目の得を念頭に置いていたとは。つくづく、である。

「斎藤さんが言ってたんだけど、羽佐間って人とも何か申し合わせてた?」

「依田さんがいらっしゃるかどうかが、そもそも期待止まりだったので、申し合わせてはいません。ただ、車について問い合わせることがあるかもしれないので、連絡を入れても差し支えのない時間だけは伺っておきましたけどね」

 微に入り細をうがつ、とは、これを指す。

「で、見事に、期待どおりになった、と」

「はい。そこまではまれば、後は差す手引く手です。今回は、奇縁、がキーワードでしたね。依田さんが、おっしゃったんですよ。あなたと正治さんの縁が、ひいてはご自分に、この車を運転する機会をもたらしてくれた、まさに奇縁、と。僕は、こう返しましたよ。こちらにとっても奇縁でした、と。なじみの薄かったナジコの車の中に社用車として最適な一台があったので、と。コンパクトで、かつ長距離の走行性が抜群にいい、と」

 苦いやつで尋道は覚醒したようだ。その口は滑らかに動く。

「詐欺師。長距離から農業に話を持っていったのか」

「ええ。長距離走行を重視するのは、弊社、新たに農業に関わることとなり、その現場が遠く離れているもので、と」

「多分、依田さん、どうあがこうと、最後には農業って言葉を聞かされていたんだろうなあ」

「そうですよ。逃しません。で、締めくくりです。実は、僕たちが関わる農家の方というのは、依田さんもご存じの岩城さんなんですよ、と」

「ああ。岩城さんが重工にいたころに、お二人、面識があったのかな」

「ありません」

 尋道は断定的に言った。

「神宮寺さんは、岩城さんが重工でサッカーをやっていたのって、ご存じでしたっけ?」

「知ってる」

「さっき、依田さんがサッカーへの関心が強い、みたいな話をしたじゃないですか。サッカーで活躍し、引退後には社業でも活躍された岩城さんを、依田さん、私淑している、と明言されていましてね」

 政経誌で得た情報、という。

「岩城さんのためなら、と。大いに乗り気になっていただけました。協力いただけます」

「依田さんが個人で?」

「ナジコとして、です。あれだけの大企業だ。いろいろな部署がありましてね。本業の知見を転用して当たるそうですよ。一例として挙げれば、アグリ事業とか。斎藤さんの連絡先を伝えておきました」

 言い終えるや尋道は大あくびをした。覚醒の時間は終わったらしい。結構である。期待以上の回答は得た。孝子は左手の親指を突き上げてみせた。発進だ。

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