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未知標  作者: 一族
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第七三〇話 よいよいよい(二六)

 ナジコ株式会社本社門前販売店に到着すると、まただ。孝子は目を見張った。助手席では、みさとが口笛を吹く。店舗前に予期せぬ二人だ。孝子たちともなじみの深い松波正治は、まだわかるとして、もう一人は、なかなかに驚くべき人物といえた。ナジコ株式会社の社長、依田逸郎である。

「そこのおじさまは、またサボりですかー」

 孝子は降りるなりのごあいさつを見舞った。受けて、依田は、軽くのけ反っている。

「休日。今日は、休日だよ。ほら。前はスーツだったけど、今日は、我々、違うでしょう」

 確かに、前回の邂逅時はスーツ姿だった彼らの、この日の装いは時節柄の私服だった。

「ええー。てっきり大会社の社長さんなら、寧日なく立ち働いているものかと」

 承知の上でふっかけたわけで、孝子の返しはけれん味を帯びた。

「僕は、そういう猛烈は、ついぞやったことがないね。もちろん、部下にやらせたこともない」

 確かに、縁遠そうな風貌をしている依田だ。

「依田さま。今日は、どうされました? あ。わかった。私に会いに来たんだな」

「そうだよ。魅力的でいらっしゃるからね。機会があれば、と松波君に声を掛けておいたのさ。そうしたら、彼、今日のことを教えてくれてね」

「何ー。正治ー。私を売ったなー」

 唐突に責められ、正治はむせている。

「お察しください。宮仕えの身なんです」

「依田さま。この男、腹に一物を抱えていますよ」

 依田が破顔した。

「本当に、したたかだな。黒須や清香さんが引きつけられたのも、こういうところなんだろうね。もちろん、私も、そうなんだけど。時に、神宮寺さん。どえらい車に乗ってきたね。シータは、どうしたの?」

「もう一人、いるんですよ。そやつが、面白い車があるから、点検のついでにツーリングとしゃれ込まないか、なんて言い出してきて。で、代わり番こに来たんですけど、高速道路を下りて、すぐにはぐれちゃって。じき来ると思います」

 実際は、下りの静海サービスエリアで別れて以降、尋道とは一度も顔を合わせていないのだが。今ごろ、どこにいるのやら、だ。

「ベオウルフのRS乗りとは、すごい知り合いがいるね」

 車の名称か。大会社の社長に、そう、言われるほどだ。さぞかし、なのだろう。

「弊社の社員です。そんな豪遊できるような給金は払ってません。借りた、そうです。やつのことは、追って。それよりも、依田さま。弊社のエースを紹介しても、よろしいですか? ナジコの社長さんのお名刺なんていただければ、この子も周囲に威張り散らせますので。ぜひ、お願いします」

 突然の指名でも関係ない。みさとは如才なく依田との社交にいそしんでいる。

 そこへ、やってきた。青い車体のナジコ・シータが、堂々、登場だ。孝子たちからは一〇分ほどの遅れだった。

「これは、依田さん。ご無沙汰しております。正治さんも、一別以来です」

 車を降りた尋道は、こちらも如才なく、二人にあいさつする。

「神宮寺さん。お待たせしました。鍵は、どなたに?」

「取りあえず、私」

 孝子はシータの鍵を受け取り、尋道にベオウルフRSとやらの鍵を返した。

「郷本君。ナジコの社長さんが、この車に驚いてたよ。すごい車なの?」

「ああ。なんでも日本への割り当ては五台しかなかったとか。そのうちマニュアルは、これ一台らしいですよ」

「うん? これのマニュアルといったら」

 依田が反応した。

「はい。Asterisk.の羽佐間さんの車です」

「やっぱりか」

 がぜん依田はベオウルフRSに接近する。尋道の視線が孝子に向いた。

「ナジコさんの企画で、お二人、対談したことがあるんですよ」

「へえ。車好きとしたら、なかなかの栄誉じゃない」

「羽佐間君の車だったら、まんざら知らない仲でもなし、乗らせてもらえないかな」

 ぐるぐると車体の周囲を回りながら依田は言った。

「問い合わせてみましょう」

 返事は、すぐだった。

「オーケーです。遠慮なく、飛ばしてください、と。羽佐間さんに依田さんの試乗記を伝えたいので、隣には僕が乗らせていただいても、よろしいでしょうか?」

「もちろん」

「では、神宮寺さん。斎藤さん。行ってきます。正治さん。二人を、お願いします」

 あれよあれよ、だ。尋道は依田と共に行ってしまった。

 孝子はみさとの耳元に口を寄せた。

「あのさ」

「うん」

「郷本君、絶対に読んでたよね。この展開」

「間違いない。羽佐間さんとの話も、あっさり付いてたし。根回し済み、とみた」

 誠に、端倪すべからざる男であった。この上は、待つしかない。待って、一挙何得だかの成果を、聞くしかない。鬼が出るか蛇が出るか。刮目していよう。

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