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未知標  作者: 一族
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第七二七話 よいよいよい(二三)

 司法試験、おめでとう、と意外の言葉で風谷涼子に迎えられ、孝子は面食らった。週が明けた、月曜日の午後遅く。大学の後期が始まり、アルバイトのために乗り込んだ舞浜大学千鶴キャンパスは学生協同組合北ショップでの一幕である。

「新しい社長さんが、あいさつ回りに来てくれた時に、話題になってね」

 種明かしだった。

「聞いてない、って言ったら、もしかしたら驚かせようとしているかもしれないので、聞かなかったことに、なんて言われたんだけど。言っちまった」

「あーあ。入ります」

 会った時で、いいだろう、程度の考えだったので、孝子の声になじる調子はない。さっさと切り替え、てきぱき準備を整えると定位置のレジに着いた。これを受けて涼子が奥の机に下がり、普段の配置のできあがりとなる。

「ただ、彼に聞かなくても、驚かなかったけどね」

「何がですか?」

「君が司法試験に合格したこと。受かっていると思ってたよ」

「それほどでもありますけど」

「修習が始まるのは、一一月だってね。ここは、一〇月末ぐらいで、終わりにする? もっと早いほうがいい?」

「いえ。一〇月末で大丈夫です」

「うん。その後は、いったん、白紙かな」

 断続的に続けてきたアルバイトの話、らしい。

「だって、一年以上、空くわけでしょう。もしかしたら、私、そのころには、ここにいないかもしれないし」

 振り返ると、涼子は机に目を落としたままだ。よくよく観察すると耳朶が赤い。これは、あれに違いない。

「この女。ついに斯波さんとくっつく気になったか」

「待てい。まだそこまで話は進んどらん」

「本当にー?」

 顔をのぞき込もうとすると、涼子は業務時間中にもかかわらず押し出してきた。耳朶どころの騒ぎではなかった。顔面もれなく、である。

「照れ隠しかよー。うぶかよー」

「うるせえ。小娘」

 うはははは、と余裕綽々に受け流していた孝子は、はたと調子を一変させた。

「涼子さん。私、精一杯、応援します」

「ありがと」

 涼子はきりりと背筋を伸ばした。

「斯波さんは、もう、本気なのね。で、私に、よかったら一緒に、って。うん。一応、考えさせて、とは伝えてあるんだけど、孝ちゃんが、そう言ってくれるなら、決めるよ」

「やった!」

「なんで、そんなに喜ぶのかね」

 狂喜乱舞のありさまを見ての、あきれた声だった。

「なんで、でしょうね。例えば、マヤ公と剣崎さんが、どうこう、ってなったって、私、ちっともうれしくないですし」

「人品、なんて、君の言いそうな言葉を使ったら、二人に悪いか」

「いや。悪くないです。連中とは、合わないところは、とことん合わない。その点、お二人には、ないんですよね。そういうところ」

「なんなんだろうね。よくわからないや」

 涼子は奥に下がっていった。

「涼子さん。いつごろ向こうに、とか、考えてるんです?」

「おいおい。今、決めたばかりだよ。斯波さんは、年内には、って考えてるみたいだけど」

「おおー。涼子さんも、うかうかしていられませんよ」

「まずは、付いていってあげるよ、って、あの人に言ってから、ね」

 孝子は地団駄を踏んだ。まだるっこしい。がつん、といってほしい。がつん、と。

「落ち着きたまえよ。人ごとだよ」

「もういい。この女は、駄目だ。斯波さんが来たら、あおろう。さっさとものにしちまえよ、って」

「やめろよ」

「うるせえ」

 再び、涼子が押し出してきた。もちろん、受けて立つ。ショップは営業時間内だというのに、何をやっているのやら、である。

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