表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未知標  作者: 一族
727/743

第七二六話 よいよいよい(二二)

 麻弥のしかつめらしい苦言が始まった。尋道の社長就任について、ではなく、養母を軽視した振る舞いを、不徳、と責められるのは、やや予想外ではあった。

 不徳か。合格報告を怠った点は、一歩を譲って、そういうことにしてもよい。が、独自の態勢づくりについてあげつらわれたのは、断じて気に入らない。こちらの腹案のほうが絶対に優れている。

「それは、ない。相手はおばさんだろ」

「ある。いくらおばさまだろうと、正隆先生にはかなわない」

「誰だよ」

「正村。黙って」

 みさとが思案顔だ。高名な法曹家の、その名に思い至ったのか。

「神宮寺。その、正隆先生、っていうのは、もしかして、鶴見正隆先生?」

「そう。なんの取っ掛かりもなしで、よくわかったね」

「一応、舞浜で士業に関わってる身さ。ぴんとこなけりゃ、うそだ」

「同じ身の上の、この子はなんにも思い付かなかったみたいだけど」

 孝子は右手の人差し指を麻弥の鼻先に突き付けた。

「だから、誰だよ」

「鶴見正隆法律事務所の所長さん。有名な弁護士さん。鶴見智美のおじいさま。正隆先生のコネで、私、司法修習は舞浜になりそうなんだ。やったね。いくらおばさまでも、そこまでは絶対に無理。私の勝ち」

「コネがないと、どうなりそうだったんだ?」

「北は北海道。南は沖縄」

 麻弥が詰まった。

「それは、つらいな」

「そうだよ。麻弥ちゃんは、私が北海道で凍え死んでもいい、っていうの?」

「お前、寒いの苦手だもんな」

 取りあえず麻弥も納得したようなので、先に進むとする。

「郷本君。司法修習が一年ぐらいだから、社長の任期も、同じでいい?」

「就任だけ、少し前倒ししていただきましょうか。修習の開始間際になっては、いろいろと繁多になりかねない」

「じゃあ、今日から」

「構いませんが」

「退任も先送りして、そのまま居座ってもよくってよ?」

「そちらは遠慮します。あなたを仰がないカラーズなら僕は辞めます。在任中の方針はいかがしましょう?」

 言うことが大仰だ。孝子は苦笑した。

「任せるよ。そうだ。新社長に、方針決定の材料になるかもしれないねたを、一つ、伝えておこうか」

「何かありますか?」

「私には関係ないけど、カラーズとして扱えそうなら利用したらいい。私、サーヤちゃんとは、まだつながってるから」

「サーヤちゃん?」

 思案顔の尋道は、やがてはっと息をのんだ。

「なるほど。斎藤さん。謎は解けましたよ」

「ああ。黒須さんの奥さまが、すごい淡々としていたのは、これか」

「会ったの?」

 高鷲重工の大立者、黒須貴一の紹介で、みさとを同社のCFO室に送り込む、という話があった。紆余曲折を経て、これは辞退の運びとなり、仕掛け人の尋道ともども、わびを入れるべく黒須宅を訪ねた際に覚えた違和感を、みさとは語る。

「はいはい、それはそれは、みたいな感じで、奥さま、軽くて。黒須さんが、すごく残念がっていらしたのとは対照的だったのよね」

「司法試験の結果を報告した時に言われたの。奥さまのままだと、何かあったときに巻き込まれて疎遠になるから、別の呼び方にしておくれよ、って」

「それで、サーヤちゃんか。奥さま、清香さん、だっけ」

「うん」

「どうします?」

「両輪」が顔を見合わせた。

「せっかくのねたなのでね。機会があれば、有効利用させていただくとしましょう。ただ、当分は寝かせておいていいでしょう」

「ですね。昨日の今日じゃ、風見鶏に過ぎる」

 預けたねたである。好きにさばけばよい。

「そうそう。今度、サーヤちゃんに、司法試験のお祝いをしていただくの。おいしい魚介をごちそうしてくれるって。あの方が知っているお店なら期待できるよ」

「いいなあ」

「君たちも押し掛けてこいよ。おごってもらおうぜ」

「それは図々しいだろう」

 舌打ちである。マヤ公め。話の腰を折りやがって。自己の規範に反するものとみれば、取りあえず一言あるのは昔からの挙動だが、実に興をそぐ。

「じゃあ、いいよ」

 このような会話は、疾く打ち切ってしまうに限る。そして、次回以降は、はなから打診すまい。二度と。さすれば金輪際、不快の思いをせずとも済む。決定だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ