第七二五話 よいよいよい(二一)
孝子が、麻弥、みさと、尋道ら、カラーズの面々を「本家」に招集したのは、週末、日曜午後だ。業務命令がある、という触れ込みで、である。
茶菓を調えつつ三人を待つ間、孝子の顔からは薄ら笑いが消えない。取って置きの業務命令を披露した際に、三人が、いかな反応を見せるか、と想像し、楽しんでいるためだった。
麻弥は、いい顔をしないだろう。常識的な苦言を呈してくる、と読む。
みさとは、是認する。あの女であれば、道理、と反応するはずだ。
そして、尋道。驚く。驚け。驚いてほしい。あぜんとしたばか面を見たい。とはいえ、相手はくせ者中のくせ者、カラーズの詐欺師である。全て読み切った上で、拝命します、とでも言ってくる可能性だって、ないとは言い切れない。どうなるか。
最初に「本家」を訪ねてきたのは尋道だった。
「お。早い」
玄関先まで出張り、抱えてきたロンドを手渡して、言う。午後一時半の指定に対して、その一〇分前は、尋道ほどの者にしては早過ぎた。
「また来そうな気がしてるんですよね」
「ああ。みさとか」
孝子はうなずいた。一週間ほど前にも、今日の顔ぶれが「本家」に集結したことがあった。その時、みさとめ、神宮寺家とは指呼の間にある郷本家を訪ねて、尋道を車に乗せる、という酔狂をしてのけていたのである。
「乗り降りの手間のほうがかかるんですよ。付き合っていられません。元気がいいのも考えものだ」
「言う、言う」
そこに、神宮寺家の西門が、するすると開く。電動ゲートの向こうから姿を見せたのはマリンブルーの車だ。運転席に麻弥、助手席にみさとの姿があった。車はみさとのものなので、主客転倒が起こっている。車好きが、たって願い出た、とみた。
「郷さん。迎えに行ったんだよ」
降りるなり、みさとが口をとがらせる。
「底が浅い女。郷本君、読んでいたよ。また来そうな気がする、って」
「何ー。ロンちゃん、どう思う? 郷さん、冷たいよね?」
ぬっと寄せられた顔を、ロンドは、つんと鼻先でつつく。
「尋道君が冷たいのは、そのとおりだけど、読まれていることに気付かないみさともばかだわん。麻弥はやめさせろわん、このねんね、って言ってるね」
唐突に名前を出されて麻弥がむせた。
「私は関係ないだろ!」
盛り上がったところで、場は孝子の自室に移る。
「さて」
円座しての第一声だ。
「さあ。業務命令を下してやるけど、わかるかな」
「お前が司法修習に行っている間は、郷本をカラーズの社長に、っていうんだろう?」
孝子はあおむけに倒れた。駆け寄ってきたロンドを抱いて、転げ回る。
「一番、読んでないと思っていた子が、なんで読んでるんだよ。これじゃ、みさとも、尋道も、絶対に読んでるじゃねえか。犬ううう。つまらないよおおお。驚かせたかったのにいいい」
「いや。私は読んでなかったよ」
車中での会話、という。業務命令の内容について麻弥が話題に上せれば、みさとが述べた読みは、
起。先般、司法試験の合格発表があった。
承。連絡はないが、孝子は合格しているはず。
転。ところで、司法修習生は原則として兼職、兼業、兼学が禁止されている。
結。孝子が辞した後にカラーズの舵取りを任されるのは尋道。
以上、となる。
「私がカラーズに復帰していれば、社長は私だった、と思ってるけどね」
見事な見識を披露した女がうそぶいた。
「そうね。そこの男は暗躍が好きだしね」
そしられて、尋道は首をすくめてみせる。
「で、受けてくれる?」
「慎んで拝命します」
「はい。よろしく」
「あのさあ」
麻弥が、ぼそぼそと始めた。
「反対、ってわけじゃないんだけど、確か、おばさん、カラーズに籍があるよな。おばさんのほうがよくないか?」
「絶対に、嫌」
毒々しく吐き捨てれば、当然、三人は、ぎょっとする。
「え? どうしたんだ、お前」
司法試験の合格報告を怠った点。司法修習に臨む態勢を独自に決定した点。これらについてとがめられて、養母には含むところが、ある。頼み事など絶対にしない。麻弥の意見は却下だ。大却下。




