第七一九話 よいよいよい(一五)
launch padに乗り入れたところ、目に入ったのは舞姫館の前にとめられた黒い、巨大なSUVだった。みさとが送迎のために乗り出した伊央の車である。随分と先行していたはずだが、送迎を終えた後に館内で一服中、といったあたりか。
違った。全員、いる。みさと以下四人が、エントランスホール兼オフィスのカラーズ島で額を集めていた。各人のさえぬ顔色から察するに、春菜の意志が明らかにされたのだろう。善後策を練っているのだ。
「あ。神宮寺。ちょっといい?」
みさとが二人に気付いて声を掛けてきた。
「よくない」
一刀両断する。もはや義妹の動向など知ったことではなかった。
「たーちゃん。行こうぜ。これぐらいの時間だったら、もう、皆、食堂だと思う」
「ほい」
美鈴の言ったとおり、食堂では舞姫たちが食事を取っていた。進入してきた孝子たちを見て、幾人かが起立、黙礼した。
「そんなかしこまらなくていいよ」
孝子が苦笑しているうちに美鈴は井幡由佳里のテーブルに向かう。
「井幡さん。お休みを、おくれ」
「え? いや、改めて言われなくても、出ろ、なんて言わないよ。お前たちは、合宿、あさってからだっけ? 短いけど、ゆっくり休んだらいい」
「いや。世界選手権の後。たーちゃん。週末が、よかろ?」
この九月中旬には、舞浜大学千鶴キャンパスは学生協同組合北ショップでのアルバイトを再開する孝子だ。平日を避けてもらえたら、ありがたい。
「そうね。金曜の夜に行って日曜の夜に帰る感じが、いいかな」
「うむ。井幡さん。お休みは、週末を含んで、にして。前後の五日ぐらい欲しいかな」
「ああ。それぐらいなら。市井。ちょっと待ってよ。具体的な日取りを決めよう」
食事の途中にもかかわらず、井幡は立ち上がった。共に隣のオフィスに突っ込めば、まだ居座っていた辛気くさい顔の連中が、ぎょっと顔を向けてくるも、無視する。
「ここの前後で、五日間。どうかな?」
立ち上げたノートパソコンの画面を指して井幡は言った。一〇月上旬から中旬にかけての、木、金、土、日、月。申し分なかった。
「やったぜ!」
「市井さん。どうしたんです?」
みさとが舞姫島にやってきた。
「おう。みさっちゃん。温泉だよ。たーちゃんと一緒に、温泉に行くんだよ」
「あ。岩花、ですか」
旅程が美鈴の口から語られたところで、物言いがつく。静だ。
「美鈴さん。世界選手権が終わったら、割とすぐに日本リーグですよ。練習、サボって行くつもりですか」
孝子はあきれていた。しけた面を下げて、よくも言う。
「また、てめえか」
カラーズ島まで猛進する。
「サボりじゃねえよ。井幡さんに許可をいただいてただろうが。言い掛かりをつけるな。だいたい、てめえには人のことを気にしてる余裕なんかねえだろうが。須之と祥子に聞いたんだろ? 春菜は本気だよ」
「そのことだけど、さ」
渋面で、みさとが来た。
「なんとか穏便に済ませられないかな? カラーズ内で、そんな、けんか、よそうよ」
差し出口を、と一喝しかけて、孝子は思いとどまった。
「穏便? ああ。穏便に、ね」
酷薄な措置を思い付いていた。ぶちかましてやる。
「できるよ。逃げた、って言えばいい。そうしたら、春菜、許してくれるよ」
あまりにもむげな一撃にオフィスの空気は一瞬で固形化したようだった。構わず孝子は続ける。
「二度と相手にされなくなるけど、いいよね。どうせ勝てないんだし」
「逃げないよ!」
さすがに、来た。すっくと立った静は孝子に迫る。まなじりを決して、なかなかの気迫といえた。無論、押し込まれる孝子ではない。
「だったら、戦え! 四の五の言ってないで、戦え!」
「戦うよ!」
「なら、動け! 今すぐ、動け! もたもたするな!」
静ははじかれたように身を翻した。舞姫館から飛び出していく背中を、孝子は微苦笑で見送る。まさかに走って帰るわけでもなかろうが、その鋭気は、大いに買う。どれ。送ってやるとしよう。孝子はのっそりと歩を進めた。




