第七一八話 よいよいよい(一四)
孝子の断定に、三人は凍り付いている。身内の危機に際して発する言葉か、と震撼されたのだろう。何を言うことか。不慮の災厄ではなかった。静の自業自得である。掛ける情けなど、どこを探したって見当たりはしない。
「たーちゃん、厳しいな」
「どこが」
互角に争ってきたライバル同士ならば、わかる。実際は、どうだ。まるで相手になっていない、全戦全敗を喫している未熟ではないか。そのような分際で、上位の達者をとやかく言うなど、おこがましいにも程があった。当然の報いといえた。
「耳が痛いです」
神妙な面持ちで瞳がつぶやいた。
「ああ。二人も全戦全敗フレンズだったね。だったら、なおさら、スー公のことなんか気にしてる場合じゃないでしょう。そろそろ一回ぐらい勝っておかないと。見切られちゃうよ」
「だよなあ」
美鈴の嘆息と同時に挑戦者たちは沈思の体となった。
「そういえば」
マネージャー氏が口を開いた。春菜との関係は、はっきり希薄という彼女である。人ごとに過ぎて、暇を持て余したのだろう。
「先ほど、うちのボスと、っておっしゃってましたけど、あの方、ですか?」
「うん。あのおっさんです」
ぞんざいに、その存在を扱われているのは、言うまでもなく黒須貴一だ。
「あの方、また、何か、神宮寺さんに余計な一言を?」
「ええ。関係ない話に首を突っ込んできて」
大げんかとやらに至った顛末を聞いて、美鈴が参入だ。
「農業かー! カラーズは本当に、いろいろやるな!」
静のマネジメントに始まり、神奈川舞姫の経営などを経て、ついには農業ときた。節操なく、よくも手を広げたものだった。
「本当に、ね」
こうとでも応じるしかない。
「でも、面白そうだぞ」
美鈴は前のめりとなっている。興が湧いたらしかった。
「岩花に行ってみる? ついでに温泉につかって骨休めするとか。食べ物もおいしかったし。すごく、よかったよ」
「いいな! 武藤も行くか!」
え、と瞳は眉間にしわを浮かべた。
「市井さん。全日本の合宿、もう始まってるんですよ」
「あ。そうか。じゃあ、世界選手権が終わった後だな」
美鈴の声に対して、瞳の反応は、薄い。
「日本リーグ」
「世界選手権と日本リーグの間は、そこそこ、あっただろ」
「日数自体は、あったかもしれませんけど、チームと合わせなくちゃいけないじゃないですか。ありませんよ、時間は」
聞いているうちに思わず舌打ちが出た。
「いいよ。ああだこうだ言って。須美もんは興味ないんでしょう」
手前勝手を、と瞳の目は口ほどにものを言っているが、知らぬ。
「たーちゃん。私は行くぞ! 怒られたら、チームが私に合わせろ、って言ってやるわ! 私を誰だと思ってる! LBA四年連続得点王、ミスズ・イチイさまだぞ!」
それでこそ、だった。
「ミス姉。安心して。舞姫が、がたがた言ってきたら、私がたたきつぶすよ」
「よし。たーちゃん。舞姫館まで乗せていってくれ。討ち入りするぞ」
言いつつ、美鈴は食事の詰め込みを開始している。猛烈な勢いだ。この手の稚気が、孝子、嫌いではない。自分も食事の残りを片付けにかかるとする。
三分後、孝子と美鈴は連れ立ってラウンジを出た。駐車場の愛車まで一気に突っ走る。瞳とマネージャー氏は置いてきぼりにした。ビュッフェの支払いは済ませてあるし、問題はない、と、こちらも大層な稚気であった。




