第七一七話 よいよいよい(一三)
国際線のターミナルビルに隣接して立つ東京エアポートホテルを四人は訪れた。一階ロビー横のラウンジが目指す場所だ。ころ合い、だったのだろう。店内は閑散としており、孝子たちは窓際の、眺めのいい座席を確保できた。
「思い出すな。ロザリンドでも飛行機を見ながら朝ご飯を食べたっけ」
孝子は窓越しに滑走路を眺めながらつぶやいた。伊央の付き添いでフロリダ州ロザリンド市を訪ねた時の話である。
「知らないぞ」
早速、ビュッフェに向かいかけていた美鈴が立ち止まって、振り返った。
「それは知らないでしょうよ。言ってないんだし」
「なんで言わないんだよ。私に会いに来いよ」
「嫌だよ。用もないのに面倒くさい。どれ。私も取りに行くか」
サラダ、フルーツ、ヨーグルトにコーヒーという四点で収めた孝子の帰還は、当然、他の三人に先んじることとなる。思い付いて、おっぱじめたのは、彼女たちの盛り具合に対する採点だ。順に見定めて、食らわせる。
「一〇点」
これはアストロノーツのマネージャー氏に付けた点数だ。
「三〇点」
瞳。大きな図体とは裏腹の、しけた量である。
「六〇点」
なかなか小気味よい美鈴の盛りっぷりで、ようやく及第点が出た。
「いえ。私、もう現役じゃないんで、昔の調子で食べてたら、あっという間にぶくぶくになっちゃう」
抗議の声を上げたマネージャー氏は、昨年まで現役だったそうな。
「トロ女が言い訳をするんですか」
「初めて聞いた愛称だー!」
「好き勝手に論評してくれてますけど、私たちが、その点数なら、あなたなんかマイナスでしょうに」
続いて、三〇点の女がいちゃもんをつけてきた。
「比較対象は私じゃねえ。イオケンとおはるだよ。あの二人、ビュッフェで、すごい盛りだったなあ、って思い出して」
「イオケン、ってサッカーの伊央君?」
「そう」
「おいおいー。伊央君は、がたいが違い過ぎるだろうよ。春菜はともかく、さあ」
言っている途中で美鈴がはっとした。
「あ。ロザリンドに行ったのって、もしかして、逢い引きのお手伝いか?」
春菜に対してサッカーの伊央健翔が熱烈な好意を寄せていることは周知だ。
「それもある」
「も?」
「イオケンを、もっとすごい選手にしたくて。運動能力の天才よ、身体能力の天才をコーチしておくれ、って頼みに行ったの」
三人の手が止まった。バスケットボール関係者ならば誰しもが刮目する「至上の天才」の動向なのだ。当然といえた。
「春菜が、いきなり、コーチ始める、って言い出しのは、たーちゃんの頼みだったんか!」
「そう。まさか、巡り巡って、こんなことになるとは思っていなかったけど、ね」
「うん。世界選手権をすっぽかしてまでなあ」
そんなこと、ではない。
「二人には、愚妹がおはるを心配して余計なお世話を焼こうとしてるけど、相手にするな、って伝えたよね?」
孝子は瞳に、美鈴には尋道が、それぞれ伝達した。
「あの時は他にも何人かに声を掛けたのね。なんでかっていうと、うちの郷本が言うんだ。天才を疑うのは、けんかを売ったのと同じ、って。きっと、問題が起きる、って。二人、危なかったよ。もし愚妹に同調してたら、おはるに息の根を止められるところだった」
「息の根? どういう話です?」
瞳が身を乗り出してきた。
「おはる、愚妹に心配されて、かちんときたのさ。なめるんじゃねえ、つぶす、って。まず、イオケンをワールドクラスに育ててみせるでしょ。次に愚妹を引退に追い込むぐらいまでたたきのめすでしょ。これで、バスケットボールとコーチ業の両立が証明されるよね」
「あ」
マネージャー氏がうめいた。
「さっき、須之内と高遠に詰めていらしたのは、そのこと、ですか?」
「ええ。あの二人、北崎の元でトレーニングをしていたんですよ。で、言われてるんです。つぶす、って伝えていいし、あの子に協力して立ち向かってきてもいい。まともにやったら勝負にならないし、って」
だのに、である。
「なんで伝えてないんだよ。間に合わないぞ、ってか」
違う。美鈴の問いを孝子は言下に否定した。間に合わないぞ、ではなく、間に合わない。言い切りだ。だから、あの時に、続けて言った。はい、おしまい、と。




