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未知標  作者: 一族
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第七一五話 よいよいよい(一一)

 レザネフォル国際空港発、東京空港着の機内だ。常用するこの方向の便が深夜発とあって、普段であればフライト中は、ほぼ寝て過ごす神宮寺静なのだが、この日は違った。消灯時間をとうに回った薄闇の中、座席に深く腰掛け、じっと虚空を見つめている。物思いにふけっている。あえてしているわけではなかった。本当は眠りたいのである。いったんは座席を倒して仰臥したのだ。しかし、眠ることができなかった。時差の影響を最小限に抑えるべく、前日から睡眠時間を調整してきたというのに、どうしてもできなかった。仕方なく起き返って、今に至る。

 安眠を妨げる理由の大半を占めていたのは、北崎春菜に対する遺憾の意だった。LBA参戦二年目となる今季も、所属するロザリンド・スプリングスを完全優勝に導いてのけた「至上の天才」の姿は、日本人LBA勢が集結した帰国便になかった。春菜の元でトレーニングを積み、帰国のタイミングで静らに合流してきた高遠祥子と須之内景によれば、春菜は既にアメリカを、たった、そうな。優勝決定の翌日、イギリスはマージーサイド州ベアトリス市へ向けて、たった、そうな。九月下旬に開幕するバスケットボール世界選手権大会へ向けて編成される全日本女子バスケットボールチームを辞退して、たった、そうな。日本での所属チームとなる舞姫を退団し、たった、そうな。サッカー選手、伊央健翔をコーチするために、たった、そうな。

 静の胸中に去来するのは慨嘆だった。コーチする。バスケットボール選手がサッカー選手を、コーチする。あまりにもばかげた思い付きといえた。まるで異種なのだ。理にかなっていなかった。しいて両競技の似通った部分を挙げろ、というのなら、走り回る点ぐらいしか思い付かない。無理で無茶で無謀の挙、と言い切ってしまってよいだろう。春菜の異能については、誰よりも承知している自負がある静だ。バスケットボールに関する限りは、決して彼女を疑ったりはしない。ただ、サッカーだ。畑違いの所業が、うまくいく可能性は、極めて低い。

 止めたかった。説きたかった。だのに相手にされない。どうやら静からの連絡手段は、春菜に全て遮断されている気配があるのだ。そう。遮断、である。電話も、SNSも、つながらない。また、第三者を介そうとしても、いけなかった。春菜のたわ言を真に受けているのか。周囲は、まるで静の懸念に耳を貸さず、取り次ぎを拒む。あべこべに静をいさめだす者すらいた。春菜の天才を信じろ、と。何を、のんきな。日本バスケットボール界の至宝が、キャリアを棒に振るかもかもしれない瀬戸際だというのに。度し難い愚行といえた。

 日本に戻ったら、と静は考える。日本に戻ったら、今回の件で、ごく初期に頼って、けんもほろろの扱いを受けた義姉と、もう一度、相対しよう、と。義姉の孝子は、静にとって春菜と同程度に、その行動理念の理解し難い人だ。一方、故にこそ同じ穴のなんとやらで、春菜と通じ合える期待もある。孝子がどれほどの難敵であっても、なんとか伍するべく、鋭意努力せねばならなかった。初見以来、その背を追い続けてきた好敵手には、ずっと輝いていてほしい、と思う。春菜の失墜を静は望まない。

 そろそろ眠るとする。静は座席を倒した。善は急げ、という。義姉が東京空港まで迎えに来てくれていれば、その場で直談判する。いなければ自宅へ朝駆けだ。依然、眠気はなかった。それでも、後々に備えて、眠るとする。

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