第七〇九話 よいよいよい(五)
黙して語らず、ただ待つ、というわけにはいかなかった。この場には黒須がいた。孝子に岩城との関係をただしてきたのだ。うっとうしいことではある。
「畏友です」
「君、いったい、どんな縁で」
「合縁奇縁です」
個人的な交友関係の詳細を語るつもりはなかった。それよりも螺良だ。黒須のせいで会話が止まってしまったので、仕方なく、こちらから問う。
「螺良さま。岩城さん、何か、おっしゃってらしたのですか?」
「え、ええ。あの、神宮寺さんが岩城さんと知り合ったとすれば、多分、『まひかぜ』だと思うんだけど」
「ご明察です」
「螺良君。なんだね、その、『まひかぜ』というのは」
「部外者。人の話に割り込まないでください」
「ああ。ちょっと」
見かねたのだろう。尋道が動いた。黒須を一団から引き離していく。任せるとする。
「螺良さまは『まひかぜ』をご存じでしたか」
「え、ええ。私だけでなく、今日、この場に来た人間は、全員」
ここまで注意を払ってこなかったスーツたちを孝子はうかがった。中高年の彼らは、かつて岩城の配下にいた者たちか。
「私たちは岩城の薫陶を受けた世代ですので」
「左様でしたか」
「ご存じでしょうか。あのお店の入っていたビルは、岩城さんにとって、大変に思い出深い場所で。古里に戻られた後は、どうされるのか、うかがってみたんですね」
「はい」
「もし、扱いに困られているようなら、私どもの力で、しかるべく取り扱わせていただこうか、なんて。そうしましたら、若い友人たちに託した、と。なら、安心ですね、と、その時は終わったのですが、まさか、岩城さんのおっしゃったご友人方が、カラーズさんだったとは」
「ええ。そうだったんですよ」
自動車部門の人たちが親身の人たちとわかったので、孝子はさらに話を先へと進めることとした。
「実は、今回、お車の紹介をお願いしたのも、岩城さんと関係があって、ですね。岩城さん、今、古里で農業に携わっていらっしゃるのですが、そのお手伝いに、なんと、私たち、名乗りを上げまして」
「うん? 君、農業は難しいぞ。簡単に考えんほうがいい」
衷心から出た言葉、なのだろう。そこは、疑わぬ、が。
「部外者! 人の話に割り込むな、って言っただろうが!」
唐突に、みさとに抱え込まれた。車に押し込められ、そのまま、発進だ。
「イヤッハー!」
みさと、叫ぶ。
「どうしたの。いきなり」
「気付かなかった? 郷さん、後ろ手で、連れていけ、ってやってたの」
なるほど。「両輪」のコンビネーションであったか。
車は重工本社の敷地を飛び出した。
「郷さん、すぐに出てくると思うから、ぐるぐる回って待とう」
重工本社が所在する区画を周回するつもりらしい。
「さすがに無理でしょう」
先ほどの罵声の糊塗は、尋道といえどもたやすくない、と孝子は言っている。
「大丈夫。円満解決を考えなければ、すぐに済む。あの、雑な感じだと、郷さん、見切ったね。あんたと、黒須さんなら、郷さんは秒だって迷わないよ。もちろん、私も」
言ったとおり、みさとの、顔にも、声にも、緊迫はない。
「さあ。忙しくなりますぞ」
「何が?」
重工ラインは、きれいさっぱり諦める。別口を探すために、飛び回らなければならない。これだった。
「重工さんのお話、断ろうかな」
黒須の口利きでもらった、CFO室だかの内定を、蹴っ飛ばす、というのか。
「そこまでするの!?」
「するよ。うちにいるほうが融通が利きやすいし」
結構な重大事になった、と感じるのだが、隣の女は、どこ吹く風だ。あでやかな横顔は、今後の展望を思い描いてだろう。光りださんばかりである。
どうなることか。さて。どうなることか。




