第七〇五話 よいよいよい(一)
抱えたロンドの鼻先に導かれるままの発見である。朝日の中、みさとと尋道が郷本家の門前で相対していた。傍らにとまった派手なマリンブルーは、みさとの愛車だ。送迎だが、急襲だかが、あったとみえた。
「わかったよ、犬。不審者どもがいる、って知らせたかったんだね」
声を張って、二人にこちらの存在を主張すれば、果たして気付いた二人からは、抗議の声が返ってくる。
「人聞きの悪いことを言いなさんな」
「だいたい、ロン君が僕を不審者扱いするはずがないでしょう。不審者は、この人だけ」
「仲間割れか」
近寄ると、尋道が手を伸ばしてきた。彼に愛犬を委ねつつ、二人の間に割って入る。
「どうしたの。朝っぱらから」
「この人が、舞姫さんにお土産を渡しに、と。昨日の今日ですよ。まだ疲れてます。一人で行ってくれていいのに。迷惑千万な」
「まあまあ。この間、たっぷりいただいたわけですし」
舞姫が出向いた先で買いあさってきた土産、か。はて。やつらに何をいただいたやら。
「忘れないでよ。日本リーグのサマーシリーズ。新田市」
「知るか」
「いいんですよ。神宮寺さんは覚えていなくても。そのために我々がいるんです」
「やっぱり郷本尋道なんだよね。斎藤みさとじゃないんだよね」
孝子は尋道一流の見識を称えた。
「すぐに追い付いて、追い越してみせるわ」
「無理だな。この人、私の気性を把握し過ぎてる。存分に甘やかしてくれるもの。みさとごときでは並び立つことさえ不可能」
「言ってな」
「時に、神宮寺さんは、どうされました?」
「犬が外に出たがって。なんだろう、って思ってたら、二人がいたのさ。引き合わせたい、何か、があったのかな」
「お。一緒に舞姫館に行ってあげてよ、ってか?」
孝子はかぶりを振った。
「絶対に違う」
「じゃあ、あれか」
「その前に、暑い。中に入れて。それとも、うちに来る?」
全館空調の導入されている「本家」が移動先に選ばれたことは言うまでもなかった。
「で、さっきの、あれ、って何?」
三人と一匹に加えて佳世がいるのはDKだ。佳世が心尽くしのアイスコーヒーを傾けつつ、語らう。
「実は、私、車を変えようと思って。で、相談に乗ってほしいな、なんて」
「我々よりも適任者がいるでしょう」
カラーズ中で車好きといえば麻弥である。
「あいつは駄目。使えない」
浮かび上がったのは苦笑だった。
「どうしたの?」
「識者として頼ったのさね。具体的な名前を、ずばり、言ってほしかったの」
麻弥はできなかった、ということか。
「そうそう。あれもいいけど、これも捨て難い、じゃなくて、さ」
「そんなの、相手を見て言いなさいな。君のミス。私なら最初から、この男を使う」
孝子が指したのは尋道だ。
「買いかぶりですが、一応、うかがいましょう」
「お願いしまっす。私の車って、EVじゃないですか。それも、ライトでポップなやつ」
「何をもって、ライトでポップ、とおっしゃっているのやら」
「フル充電で走る距離でっす。一応、カタログスペックでは、三〇〇キロってなってるんですけど、普通の車と一緒で、実際は、そんなに走らなくて。まあ、経験上、七掛けかな」
普段使いには、それであっても特に不自由はなかったのだが、遠征となると話が変わってくる。
「岩花まで、二〇〇キロ強。着かなかった。途中で充電一回。帰りは、バッテリーが、だいぶ減ってたんで、充電二回。トータルで一時間半も充電に使ったんですよ。最悪。私、岩花に行くぐらい、休憩、いらないのに」
尋道が腕組みした。難問の気配に身構えたのか、と思いきや、
「ちょっと、いいですか」
みさとの熱弁を止める。何事か。
「はい」
「あなた。まさか、あの後、岩花に行ったんですか?」
確かに、昨日の今日、なのだ。みさとが動き得たのは、昨晩から今まで、しかない。
「うっす。何度も通うことになるし、試走してきましたん」
これ、であった。旅行帰りの挙とは思えぬ。
「また、無茶を。いや。あなたにとっては無茶じゃないんでしょうね。わかりました。余裕で往復できる車がいい、と」
「ですね。できれば、乗り心地が好きなんで、EVがいいんですけど、選べ、って言われたら距離重視で」
「加えて、斎藤さんも重視で、考えてみましょうか」
まず、サイズ。
「カラーズの新社屋に、斎藤さん、管理人として住み込む、っておっしゃってたじゃないですか」
「はい」
「あそこに置けるぐらいの大きさがいいですよね」
「でも、あそこ、神宮寺と剣崎さんと関さんで埋まってますぜ?」
「関さんなんか、めったに来ないでしょうし、無視します」
次に、快適性。
「乗りづらい。運転していて疲れる。荷物が入らない。このあたりは、極力、排除します。あと、斎藤さんなら、どんな車でも平気な気がしますが、老婆心で、半自動運転を狙っていきたい」
価格も考える。
「コストパフォーマンスは、当然、大事として、カラーズの至宝が乗る車なのでね。この点については、それほど重視しなくてもいいでしょう。あ。神宮寺さん」
「なんじゃい」
「仕事に使う以上は社用車として手配してしかるべきかと」
「え。ちょっと、それは」
「よきに計らえ」
次から次へと出てきた指針の最後は、メーカー、だった。
「提携している渡辺原動機さんか。斎藤さんのゴルフ場外交デビューを見据えて重工さんか。できれば、今、挙げた二社の車にしたいところですが」
候補がないなら拘泥せぬ。みさと重視を貫く。
かくして必要条件と十分条件は出そろった。尋道が下す裁定や、さて。




