表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未知標  作者: 一族
703/704

第七〇二話 クラリオン(二六)

 温泉施設の至近は湯畑からも至近となり、温泉街における一等地であろう。岩花の喫茶「まひかぜ」は、温泉施設の裏手に、端然とあった。こまごまとした飲食店が建ち並ぶ通りの一角だ。

「随分、こぢんまりとしてますね」

 細く、奥に長い白塗りの二階建てを見て、孝子は言った。

「前は正雄の同級生が、同業をやっていた、ってね。引退して、施設に入るのをいいことに、買いたたいたらしい」

「人聞きの悪い。終活の手伝いを頼まれていたのと、ちょうど兄貴が戻ってくるのが重なったんで、引き取っただけだよ」

 兄弟の掛け合いで、おおよその「まひかぜ」創成秘話はわかった。

「あらー。こちら、正雄さんのご所有なんですね。使えそう」

「アンテナショップにでもしますか」

「さすが」

「これこれ。二人だけで盛り上がるなよ」

 孝子は「両輪」をいさめた。順を追ってもらわなければ困る。

「さあ。入れい」

 外観から一転して店内は落ち着いた色調の総木張りとなっていた。濃く漂うコーヒーの匂いといい、開店したばかりの店とは思えぬ重厚の雰囲気であった。これは、

「『まひかぜ』!」

 舞浜の「まひかぜ」を移設したのだ。孝子に同じく察した麻弥も、懐かしげに店内を見回している。

「ケイティーたちの会社が高値で例の土地を買ってくれたおかげさ」

「お役に立てたなら何よりです」

「さあ。座って」

 カウンターに収まった岩城が目の前の席を示した。順に一行が着席する中で、みさとは当然のごとく、岩城の側へと押し入っていく。仕切る気、満々である。

「さあ。郷さんと直接対決だ。腕が鳴るね」

「おい。真面目な話だろ」

「うっさい。真面目も真面目、大真面目だわ。意見を戦わせることで、より練られていくんでしょうがよ。計画がよ」

「斎藤さん。相手にしないで先に進めて」

 麻弥が膨れたって構うものではない。

「ほい。えっと、斯波さんが正雄さんの跡を継がれるかも、ってなった流れは聞いてるんだよね?」

 孝子は黙ってうなずいた。

「斯波さん、一年をめどに岩花に通いで農業の勉強をされます。岩花の春夏秋冬を知るためにね」

 まずは尋道の予想どおりの導入となったか。

「これは、正雄さんも、ぜひ、と推奨されてるの。なじんでほしいけど、向き不向きもあるし。見極めてほしい、って」

「斎藤さんは、その一年の間、何をして待ってるの?」

 次の段階へと進める。

「コンサルするには、私も農業について知らないといけないよね。実は、格好の先様がいらっしゃるんだけど、郷さんは読めたかな?」

「北崎さんのご実家でしょう?」

 大笑である。

「これだよ。これ。打てば響くんだよ。この人は。ハルちゃんのところも、血のつながらない相手に事業を承継するんだよね。いろいろ話を聞かせていただこうと思ってる。あと」

 みさとは言葉を継いだ。

「郷さん。もしかしたらだけど、高鷲化成アグリサービスの人とか、ゴルフ場で会ってたりしません?」

 孝子以下、先ほど尋道氏の予想を聞いていた者たちが同時に噴き出した。

「お。なんだ、なんだ」

「斎藤さん。この人、だてにゴルフクラブは振ってないんですってよ」

「おおー! いいね! 高鷲化成アグリサービスっていったら、スマート農業に強みのある企業だよね。省力化はもちろんだけど、正雄さんのところの広い土地を生かして、植物工場も検討してみたい。そうだ。メロンって、単価も高いし、工場で、せっせと作れたりしないかなあ。で、それを加工して、六次化なんてのも面白そうじゃないです?」

 尋道がのけ反った。

「どうしましたん?」

「降参です。僕はメロンの量産まででした」

「いえいえ。メロンから先は取って付けたものだし。郷さんの勝ちでしょう」

「またまた」

 譲り合う二人の前にコーヒーカップが置かれた。岩城の振る舞いだった。

「どちらもお見事、でいいじゃない」

「そうしておきます?」

「そうしておきましょう」

 カップが掲げられ、好敵手たちは互いの健闘をたたえ合う。清爽の光景だった。「両輪」、あっぱれ。無論、減俸は、なしである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ