第七〇一話 クラリオン(二五)
ラウンジでの談合は、貸し切り時間が尽きるまで続いた。すなわち、カフェ組の一服も同様に続いた、となる。その間に孝子は、主に尋道と会話を交わした。不可能はない女、斎藤みさとの動向についてただしたのであった。
「あの人、どんな暴れ方をしてると思う?」
「さあ。僕なんかに読める人じゃないですよ」
「謙遜も度が過ぎると嫌みになるよ」
「謙遜ではありません。僕は、せいぜい一人親方の工務店レベルで、あちらはスーパーゼネコンです。格が違います」
「じゃあ、親方、予想して」
「読めない、と言ってるのに。人の話を聞かないな」
眉間にしわを寄せ、尋道はしばし沈思する。
「そう、ですね。まずは一年ぐらいかけて、農業への理解を深めますかね」
「一年も?」
「それぐらいの期間は、斯波さんも動きださないでしょうし、順当かと」
岩花における四季折々の農業を見極めるため、斯波は、少なくとも、一年という時間を費やす。この読みであった。
「正雄さんとの相性だってあります。一生ものの決断ですよ。慎重を期するでしょう。で、斎藤さんが一年でやることですが、正村さん」
「へ?」
話を振られるとは思っていなかったのだ。麻弥の口から抜けた声が出た。
「貴所に、農業関係のクライアントって、いらっしゃいますか? 具体的な名前は結構ですよ。貴所の顧客情報ですし」
問われた麻弥は、腕を組み、視線を天に向けて黙考し、やがて、いない、と返してきた。
「やはり。街中の事務所ですしね。では、そちらの線は消すとして、挙がってくるのは、北崎さんのご実家かな」
よくも思い至るものである。北崎春菜の実家は愛知県緑南市にてメロン農家を営んでいる。
「お。確か、おはるじゃなくてお弟子さんが跡を継ぐ、みたいな話を聞いた記憶があるよ。似たようなケースに触れられるわけだ」
「ですね。愛知県であれば交通の便もいいですし、通い詰めて、いろいろ参考にさせていただけそうじゃないですか」
「他には?」
「これ以上は難しい」
「カラーズの詐欺師ともあろう男が」
わざとらしい舌打ちを尋道は発した。
「あなた以外の誰も、その名では呼んでいませんがね。他に考えられるとすれば、スマート農業の研究かな。田舎だし、労働力も不足しているでしょう。省力化は必須といえます。その絡みで僕も駆り出されるかもしれませんね」
「お前も働くのか?」
「省力化と言ったでしょう。だのに、なぜ、僕という労働力を追加しようとするんですか」
即座に撃退されて、むすっと麻弥は押し黙った。相変わらず微妙にかみ合わせの悪い二人だった。
「重工グループの高鷲化成アグリサービスは、特にスマート農業の強い企業なんですが、そちらの紹介を頼まれる可能性があります」
「つてが、あるの?」
麻弥が反応せぬので、仕方ない。孝子が受けた。
「ある、と斎藤さんは読まれるのではないでしょうか。あの男、だてにゴルフクラブを振り回してはいまい、と。で、つては、あります」
ゴルフ場外交を通じて同社の要人とのコネクションを構築済み、というわけか。
「だてにゴルフクラブを振り回してはいなかったね」
「はい。植物工場あたりまで話を広げてくる可能性がありますかね。あの人なら。メロンは単価も高いし、工場で量産とか狙ってきそうですよ。それぐらい、でしょうか。僕の頭で思い付くのは」
ぶつぶつ言いながらも、矢継ぎ早に出せてしまう点が詐欺師の名に値する、と孝子は一笑した。
「出るね。たたけば、ほこりが。油断も隙もない」
両手を掲げて、孝子は塵埃の、もくもくと立ち上るさまを模してみせた。
「やめてくださいよ。人を犯罪者みたいに」
「答え合わせが楽しみだね。これで、カラーズの『両輪』の真価がわかる。抜かりのあったほうは減俸に処してやろう」
孝子の、底意地の悪い好奇心が満たされるのは、喫茶「まひかぜ」において、と決まった。ラウンジ組がカフェに姿を見せるや、勢い込んで挑むも、岩城に制されて果たせなかったためである。
「ケイティー。コーヒーを飲みながらにしないかい? ビスケットも久しぶりに焼いてあげるよ」
そう言われては引かざるを得ない。岩城の焼くアメリカ式ビスケットは孝子の好物の一つだ。これも久しぶりのコーヒーと共に味わいながら、とっくりと「両輪」の対決を観覧するとしよう。なんとも楽しみなことだった。




