表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未知標  作者: 一族
702/743

第七〇一話 クラリオン(二五)

 ラウンジでの談合は、貸し切り時間が尽きるまで続いた。すなわち、カフェ組の一服も同様に続いた、となる。その間に孝子は、主に尋道と会話を交わした。不可能はない女、斎藤みさとの動向についてただしたのであった。

「あの人、どんな暴れ方をしてると思う?」

「さあ。僕なんかに読める人じゃないですよ」

「謙遜も度が過ぎると嫌みになるよ」

「謙遜ではありません。僕は、せいぜい一人親方の工務店レベルで、あちらはスーパーゼネコンです。格が違います」

「じゃあ、親方、予想して」

「読めない、と言ってるのに。人の話を聞かないな」

 眉間にしわを寄せ、尋道はしばし沈思する。

「そう、ですね。まずは一年ぐらいかけて、農業への理解を深めますかね」

「一年も?」

「それぐらいの期間は、斯波さんも動きださないでしょうし、順当かと」

 岩花における四季折々の農業を見極めるため、斯波は、少なくとも、一年という時間を費やす。この読みであった。

「正雄さんとの相性だってあります。一生ものの決断ですよ。慎重を期するでしょう。で、斎藤さんが一年でやることですが、正村さん」

「へ?」

 話を振られるとは思っていなかったのだ。麻弥の口から抜けた声が出た。

「貴所に、農業関係のクライアントって、いらっしゃいますか? 具体的な名前は結構ですよ。貴所の顧客情報ですし」

 問われた麻弥は、腕を組み、視線を天に向けて黙考し、やがて、いない、と返してきた。

「やはり。街中の事務所ですしね。では、そちらの線は消すとして、挙がってくるのは、北崎さんのご実家かな」

 よくも思い至るものである。北崎春菜の実家は愛知県緑南市にてメロン農家を営んでいる。

「お。確か、おはるじゃなくてお弟子さんが跡を継ぐ、みたいな話を聞いた記憶があるよ。似たようなケースに触れられるわけだ」

「ですね。愛知県であれば交通の便もいいですし、通い詰めて、いろいろ参考にさせていただけそうじゃないですか」

「他には?」

「これ以上は難しい」

「カラーズの詐欺師ともあろう男が」

 わざとらしい舌打ちを尋道は発した。

「あなた以外の誰も、その名では呼んでいませんがね。他に考えられるとすれば、スマート農業の研究かな。田舎だし、労働力も不足しているでしょう。省力化は必須といえます。その絡みで僕も駆り出されるかもしれませんね」

「お前も働くのか?」

「省力化と言ったでしょう。だのに、なぜ、僕という労働力を追加しようとするんですか」

 即座に撃退されて、むすっと麻弥は押し黙った。相変わらず微妙にかみ合わせの悪い二人だった。

「重工グループの高鷲化成アグリサービスは、特にスマート農業の強い企業なんですが、そちらの紹介を頼まれる可能性があります」

「つてが、あるの?」

 麻弥が反応せぬので、仕方ない。孝子が受けた。

「ある、と斎藤さんは読まれるのではないでしょうか。あの男、だてにゴルフクラブを振り回してはいまい、と。で、つては、あります」

 ゴルフ場外交を通じて同社の要人とのコネクションを構築済み、というわけか。

「だてにゴルフクラブを振り回してはいなかったね」

「はい。植物工場あたりまで話を広げてくる可能性がありますかね。あの人なら。メロンは単価も高いし、工場で量産とか狙ってきそうですよ。それぐらい、でしょうか。僕の頭で思い付くのは」

 ぶつぶつ言いながらも、矢継ぎ早に出せてしまう点が詐欺師の名に値する、と孝子は一笑した。

「出るね。たたけば、ほこりが。油断も隙もない」

 両手を掲げて、孝子は塵埃の、もくもくと立ち上るさまを模してみせた。

「やめてくださいよ。人を犯罪者みたいに」

「答え合わせが楽しみだね。これで、カラーズの『両輪』の真価がわかる。抜かりのあったほうは減俸に処してやろう」

 孝子の、底意地の悪い好奇心が満たされるのは、喫茶「まひかぜ」において、と決まった。ラウンジ組がカフェに姿を見せるや、勢い込んで挑むも、岩城に制されて果たせなかったためである。

「ケイティー。コーヒーを飲みながらにしないかい? ビスケットも久しぶりに焼いてあげるよ」

 そう言われては引かざるを得ない。岩城の焼くアメリカ式ビスケットは孝子の好物の一つだ。これも久しぶりのコーヒーと共に味わいながら、とっくりと「両輪」の対決を観覧するとしよう。なんとも楽しみなことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ