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未知標  作者: 一族
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第七〇〇話 クラリオン(二四)

 湯畑に程近い温泉施設における入浴は、一時間余にも及んだだろうか。出たり入ったりで効能を堪能し尽くした孝子以下女性陣が、これも貸し切りのラウンジに入ってみれば、だいぶ前に湯を上がっていた様子の男性陣は、座卓を囲んで何やら熱心に話し込んでいた。

「お待たせ、した?」

 孝子が声を掛けると、尋道が立ち上がって、寄ってきた。

「お気になさらず。こちらがからすだらけだっただけです」

 ろくすっぽ漬かりもせずに出た、ということらしい。

「僕たちは、仕方ない。じじいに長湯は禁物さ」

 岩城が笑う。

「皆さんは、すっかりゆだってますね。満喫されたようで、何より。ところで、こちら、水かお茶しかないんですよ。カフェがあるので、そちらに行って、冷たいものとしゃれ込みませんか?」

「すぐに『まひかぜ』でしょう?」

「狭い上に、メニューも熱いコーヒーしかないそうですが、それでもよろしいので? よろしくないでしょうよ」

 有無を言わせるつもりはないようだった。尋道に引っ張られるまま女性陣はラウンジを出てカフェへと向かった。

「あれ。斎藤は?」

 テーブルに着きかけて、麻弥だ。見回すと、確かにみさとの姿がない。

「フィクサー君が、こっそり声を掛けていたよ」

 メニューを見ながら涼子がつぶやいた。カラーズの詐欺師が電光石火で動いていたようだ。みさとは彼の指図を受けてラウンジに居残ったのか。

「大事なお話だったのかな」

「何かあったのか?」

「さて。自分のことではないので、なんとも」

「ああ」

 途切れた、と思われた瞬間であった。

「郷本君。あの人、就農するつもり?」

 予想外の発言は涼子だった。

「おや。前々から相談をされていたのでしょうか。あるいは、以心伝心か」

 尋道の肯定で、まさしく、一変となった。孝子、麻弥、佳世と一斉に息をのむ。

「どっちも違うよ。郷本君が斎藤さんと入れ替わった、ってことは、あの部屋の主役は他の三人だったんでしょう? あの人がお二人に相談事のあるはずもないし、となると、先方から、かな。多分。で、斎藤さんは、カラーズさんや舞姫さんの経営を一手に預かるスペシャリストだよね。事業の承継でも誘われたの?」

「風谷さん。一〇〇点満点です」

 珍しい、尋道氏の絶賛である。

「具体的なことは何一つ決まっていませんが、もしも、話が動きだした暁には、風谷さん、カラーズにいらっしゃいませんか?」

 飛んだ。名は体を表す、を地でいく容貌も、さすがに崩れた。

「ええ?」

「壮大な規模になっていく気がするんですよ。なので、アグリカルチャー事業部の部長とかいって、当たっていただこうかと。あるいは、ご一緒に移住されますかね。でしたら勧誘は遠慮しますが」

「こらこら。先走り過ぎ」

「確かに。失礼しました」

 ほほ笑み合いで閑話休題となる。

「全員、アイスティーでいい?」

 涼子の一声で定まった一杯が届いた。軽く喉を潤し、続き、だ。

「初対面、だよね。あの人と正雄さんは。よく誘う気になったね」

「あの顔ぶれに共通の話題とかありませんし、自然、こちらの暮らしぶりなんかを伺う流れになっていたんですよ。湯船で。そうこうするうちに、如才ないのでね、二人とも。正雄さんが、いたく僕たちを買ってくださるようになって。冗談混じりだったと思うんですが、君たち、農業に興味はないか、うちに来てくれるなら、いずれ岩城の身代を渡してもいい、なんておっしゃって」

 そこに、斯波が食い付いた、わけか。

「ええ。とくれば、先方の態度だって変わってきますよ。今どき事業承継は、どこの業界でも頭の痛い問題になっていますし」

「うん。切実、って聞くよね。あの人、成算はあるのかな」

「どうでしょう。一か八かで打って出るような方ではないと思いますが。一応」

 と尋道が視線を孝子に向けてきた。

「岩城さんと斯波さんに絡むことです。間違いなく神宮寺さんは黙っていないでしょう、と表明しておきました。よかったですよね?」

「上出来」

「あとは、斎藤さん。おそらく、まるで不案内の領域とは思いますが、あの人に不可能はない、とも売り込んでおきました」

「完璧」

 毎度の迅速には敬意を表しておく。それにしても、だった。就農とは、恐れ入った。成り行きはようとして知れなかったが、いざやの段になれば、容赦しない。腕を撫して孝子は、その時を待つ。

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