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未知標  作者: 一族
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第六九九話 クラリオン(二三)

 顔合わせが終わり、一行は屋内に導かれた。外観から判明していたことだが、やはり、広い。玄関土間は九人と一匹を収めて、まだ余裕があり、向かって左手方向に伸びる廊下も、ひたすら長大だった。

「いくつあるんだっけか。部屋」

「八だな」

 岩城兄弟の会話だ。

「うん。そのうち二つは我々が使っているんで、残りは、どこをつかってもいいよ。早い者勝ちにしようか。ちなみに」

 岩城は向かって右手の白壁を指した。

「ここが、正雄の部屋。僕の部屋は」

 次に指されたのは廊下だ。

「途中に角があるの、わかるかな。そこを曲がって、突き当たりが、僕の部屋。じゃあ、どうぞ」

 抜群の動きだしだったのは尋道である。玄関から至近の部屋に飛び込んで、ぴしゃりとふすまを閉めた。

「さては、尋道君。ご老体に送った写真で、この家の間取りを把握していたな」

 にやにやと岩城は笑っている。彼が当家の写真を送ったご老体こと郷本信之は尋道の父だ。

「岩城さん。この部屋、何か、面白いものがあるんですか?」

「ケイティーぐらいの世代だと面白いかもね」

「なんですか?」

「いろり」

「てめえ!」

 押し入ってみると、尋道め、正座して部屋の中央に据えられたいろりを、覆いかぶさるようにして眺めているではないか。

「神宮寺さん。僕、いろりなんて、しげしげと見るの、初めてですよ」

「私だってだよ。そういう貴重なものを独占しないで」

「嫌です。この部屋は僕が占拠しました」

「駄目」

「早い者勝ちですよ」

「駄目」

 沈黙の後、大仰なため息が出た。

「わかりました。譲ります」

 荷物を抱えた尋道は、様子をうかがっていた人たちをかき分け、部屋を出ていった。小走りに向かった先は、廊下の果てである。

「岩城さん。あそこは?」

 尋道の動きには迷いが感じられなかった。第二希望の部屋も、何かしらの事前情報に従って選んだであろうことは、容易に推察できた。

「なんだろう。奥だから落ち着く、ぐらいかな?」

 わからなければ、ただすに限る。孝子は廊下の果てへと赴いた。

「なんですか。もう譲りませんよ」

 畳の上に座っていた尋道が渋面を向けてくる。

「いや。私は、さっきの部屋で満足なんだけど。この部屋を選んだ理由が知りたくて」

「そうですか。あちらの島には四部屋あるはずなんですが、その仕切りはふすまでしてね。隣の音や気配なんか、ちょっと気になるかな、と。一方、こちらの島の二部屋は、押し入れで仕切られています。落ち着きます。以上」

「郷さん! ずるいよー!」

 解説を受けて、孝子にくっついてきていたみさとが叫ぶ。

「情報を制する者は戦いを制す、ですよ」

 哄笑されて、みさとはずっこけた。

 結局の部屋割りは、このように相成った。まず、いろりの部屋と隣室を続き間として扱い、女性陣が入る。男性陣は廊下の果ての二部屋を取った。

 各自がいったん部屋に引き取り、一息ついた後で、再度、集合する。DKで振る舞われたのは、薄く、極端に幅広のうどんだった。群馬の名物のひとつ、という。

「正雄さん。食べにくい」

 孝子は率直な感想を述べた。

「うん。僕たちも好きじゃないもん」

「正雄ー。なんで、そんなぶつを客に出すのー」

「土産話になるじゃないの。群馬の山奥で、とんでもないぶつを食わされた、って帰ったら愚痴っていいよ」

 二度目の散会を経た集合になる。温泉へと向かう。正雄が知り合いの営む温泉施設に貸し切り風呂の予約を入れてくれていた。温泉の後は喫茶「まひかぜ」だ。かつて舞浜で同名の喫茶店を経営していた岩城が、古里への隠棲を機に移転させたものである。

「ロン君。寂しいでしょうけど、我慢してくださいね。すぐに帰ってきますから」

 玄関土間で留守番のロンドと別れを惜しんでいるのは尋道だ。これより向かう施設はペットの入館が不可となっていた。当初、居残ってロンドと遊ぶ、と言い張っていた彼だが、孝子の一喝で吹き飛ばされ、かくして感動のシーンの上演、となった次第である。

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