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未知標  作者: 一族
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第六九七話 クラリオン(二一)

「言い訳をするな。おはるは卒業に必要な単位を三年までで取り終わってたよ」

「北崎さんと一緒にしないでくださいよー。あの人はナジョガクのバスケ部始まって以来の大天才ですから」

「黙れ。ぱっぱらぱー」

 尋道の左手では勃発した争議が激しい。難詰する孝子に弁明する佳世という構図だが、一も二もなく降伏するのではなく蟷螂の斧を振るっているさまは、進歩、と称してもよいか。

「どうしたー?」

 助手席に座っているみさとだ。前回はにべもない対応になったので、今回も同様に遇するのはまずい、と尋道は判断した。

「舞浜大の卒業要件にまつわる話が出てましてね。池田さん、そこそこ単位を残しているようでして。ちょうどいい。正村さん。オールドなガールたちの見解を伺いたいので、次でとまっていただけますか? 代わりましょう」

「卒業生でいいだろ。わざわざ、オールドな、って強調するなよ」

 麻弥の笑声が届いた。まんまと誘導は成功した。この流れを継続していく。わずかな間隙で運転席へと返ることになるが致し方なかった。

 最寄りのパーキングエリアで運転者を交代し、さて、出発の段になって孝子が押し出してきた。するりと助手席に収まる。

「どうしたんですか、こちらのオールドなガールは」

「オールド軍団には大学関係者までいるわけだし。私の出る幕はない」

 よりオールドな卒業生たちの助力を得られた、ということか。確かに、麻弥とみさとに加え涼子と斯波までいるなら、孝子ごときは無用となる。

「そういう問題じゃないだろ」

「私に指図するな。よし。出して」

 後方からの叱声がはねつけられ、尋道への指令は下った。こういったとき、唯々諾々と従うのが、孝子との関係を円満に保つ秘訣となる。

「岩城さんのご実家、すごく広いそうですね」

 車を本線に戻したところで、尋道は話題を刷新した。既に興味を失ったであろう事物を引きずらないのも、対孝子においては重要だ。

「だってね。ほとんど農地だけど、ちょっとした遊園地ぐらいあるんだって。管理が大変、って。弟さんと二人で、毎日、駆けずり回ってるらしいよ」

「話には聞いていましたが、そこまでですか」

 インターネットで現地の地図を閲覧するなどして既知の事実であろうと、おくびにも出さない。

「ロン君とお散歩して回りたいですね」

「行ってらっしゃい」

「ロン君、お散歩が嫌いなんでしょう? ただし、あなたと一緒の場合は別、と伺ってますよ。というわけで、あなたも一緒に来てください」

「えー」

 孝子が振り返った。二列目に据えられたペットキャリーに対して悪態をつく。

「駄犬。お前のせいで散歩に駆り出されそうになってるんだけど。なんとかしろ。尋道君と二人でも平気だわん、って言え」

「孝子さまとお散歩、うれしいわん、だそうです」

「言ってねえ」

「あなたって田畑に囲まれて育った田舎者でしょう? 広大な農地を闊歩なんて、昔を思い出して血が騒ぎませんか?」

「誰が田舎者だ!」

 喜色満面の大声だ。乗り気になっているようなので積極的に勧奨する。

「舞浜と比べると、ずっと涼しくて、朝夕なんて寒いぐらいだそうで。さぞ気持ちよくて、お散歩もはかどりますよ。行きましょう」

「仕方ないな」

 孝子の視線が、再び、二列目に向けられた。

「あの子、暑いのが苦手みたいだし、いいところだったら、毎年、連れてきてやってもいいかな」

「いいですね。先ほど、おっしゃっていた、ご兄弟が持て余している敷地の管理とかをお手伝いしながら避暑するのも、乙でしょう。福岡も神奈川も夏は暑いわけですし、この時期の定番にする案、大いに、あり、だと思いますよ」

「交渉して」

 社業に限った話ではない。頼られたならば内容は、一切、問わず承り、全力で遂行する。神宮寺孝子は、それほどに偏重すべき存在と信じている。これぞ尋道の大方針であった。

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