第六九六話 クラリオン(二〇)
道程の、ちょうど三分の一ほどにあるサービスエリアへ立ち寄ることは、予定のうちであった。小休止とドライバーの交代を行うためだ。
他が憩いを求めて車を離れても、尋道は一人居残って作業に取り掛かる。連絡を入れてみれば、折よく春菜はつかまり、その後の密談は一〇余分に及んだ。
万遺漏なく手はずを整え、やれ、一段落、と車外に出ると、麻弥とみさとがいた。
「失敬。終わりましたので、どうぞ。あ。正村さん、鍵。運転、お願いしますね」
「何かあったのか?」
車の鍵を受け取りながら麻弥が言った。
「特にお伝えしなくてはならないことは、何も」
全て佳世に関する話題である。正しく二人に伝達するべき何物もない。
「さっき池田さんが騒いでいたのは?」
「僕が人のプライベートをべらべらしゃべるはずないでしょう」
ぴしゃりと打ち切って、尋道はその場を離れた。
小用を済ませての帰途だ。缶コーヒーでも、と立ち寄ったショッピングコーナーから、フードコートの片隅に陣取った孝子以下の四人が見えた。紙カップを片手に談笑している。ぴんときたので、手早く目当てのものを買い、小走りに駆け寄った。
「どうも。もしかしたらお時間をつぶしていただいていましたか?」
「私はあいつらとは違うんでね」
当たったらしい。動の二人と静の孝子だったのだ。
「終わった?」
「はい」
ちらりと佳世を見た。
「あとは、池田さんと少しお話をしたら完了です」
「だって」
孝子が、ぽんと佳世の肩に手を置いた。
「じゃあ、そういうことで」
「後ほど報告に上がりますよ」
「はあい。じゃあ、行きますか」
車に戻った尋道は、佳世を誘って最後列の席に着いた。動きだしを待って、会話を始める。
「詳しい話は北崎さんに聞いていただくとして、僕は概要だけ」
「はい」
「池田さんには来年からロザリンドに行っていただきます」
「え!?」
叫声に構わず、尋道は続ける。
「北崎さんに相談したんですよ。池田さんが、開花した可能性がある、って。全くの同意見でしたね。で、あの方が、おっしゃったわけですよ。あの子を使いこなせるのは私だけ、手元に置くよりない、と」
「えー。でも、私には『本家』さんのハウスキーパーとしての役目が」
「あなたがLBAに行っている間ぐらい、なんとでもします。それとも、なんですか。北崎さんの誘いを断るんですか」
「逃げ場なしですか!?」
「ありません」
「楽しそうじゃない」
孝子がやってきた。尋道と佳世の間に割り込んでくる。
「池田さんを来年から北崎さんのところにやろう、という話が持ち上がっていましてね」
「うん」
「全日本の合宿を蹴飛ばしたり、正村さんに、べー、ってやったり、どうも一皮剥けた感があるな、と」
「それは私も思った。須之ちゃんに近いよね。ふてぶてしい」
春菜に加えて孝子までも尋道の見解に賛意を表してくれたわけだ。もはや疑うべくもない。突っ走るのみである。
「お姉さーん。私には『本家』さんのハウスキーパーとしての役目が」
「そんなの、この男にやらせておけばいいよ」
その手で使い勝手のいい人間とはいえないが、まあ、いい。進行を優先する。
「わかりました。で、ですね。北崎さんのおっしゃるには、池田さんと、あと、高遠さんは、『アーティ・ミューア例外条項』で取る、と」
「また、あれを悪用するの?」
原則として、リーグへの参加は当暦年で二二歳以上の者に限定する。ただし、特にリーグの承認した選手については前記は適用されない、というLBAの規約、「アーティ・ミューア例外条項」を抜け穴に用いて二人を獲得する、と春菜は宣言しているのだった。
「佳世君は、一月生まれだったと思うんだけど、さっちゃんは?」
「同じく一月だそうです」
「ふうん。あれ、そろそろ廃止されるんじゃない?」
「お二人の活躍次第では、されるでしょうね」
「まあ、おはるの好きにすればいいけど」
ただ、である。この奇計には、一つの問題点があった。
「何?」
「これも北崎さんのおっしゃるには、池田さん、大学の単位を、相当数、残しているはず、と。LBAの参加資格に大学の卒業は含まれていませんが、まあ、親御さんに学費を出していただいている分際なので、ねえ。そこは」
「佳世君?」
「今、半分ぐらい、かなあ」
「あんぽんたん!」
孝子の怒声が炸裂した。