表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未知標  作者: 一族
693/744

第六九二話 クラリオン(一六)

 孝子が行動を起こしたのは、舞浜に戻って、すぐだった。土産を渡す、という名目で「新家」を夜討ちし、義妹の得手勝手を彼女の養親たちに訴えたのである。カラーズきっての善人、麻弥の反応なども論拠として織り交ぜながら、堂々、非を鳴らした。ロンドを休ませる、と言い残して「本家」へ去った尋道以外の面々、すなわち連行された被告および証人たち、声もなし。

「勝訴」

「本家」に戻った孝子は、出迎えの尋道とロンドに言い放った。

「はあ」

「お土産でもつつきながら話そう」

 尋道の視線が孝子の背後に向けられた。

「那美さんは?」

「収監された。ざまを見ろ」

「ははあ」

 集ったのはDKだ。既に尋道は美咲と佳世の歓待を受けていたとみえ、ダイニングテーブルには茶菓があった。

「はい。追加」

 福岡土産を卓上に積み上げておいて、孝子は一席を占めた。付き従ってきた麻弥、みさとも右へ倣う。

「ママ。ナミスケ、『新家』に戻した」

「おー」

 想定内らしく、美咲の声に驚きはない。尋道から事前のレクチャーがあったとみえる。

「さっさと行っちゃったことも含めて、予想どおり?」

 読んでいたのか、と尋道に問うた。

「修羅場になんか立ち会いたくなかったのでね。あの、スーパーに連れていくのいかないの、ってところで、あっさり折れましたでしょう。きっと万倍返しをたくらんでいるんだろうな、と。時に、ロン君は?」

 尋道の腕に抱かれていたロンドが、きゅっと身を縮めたようだった。

「こっちで飼う。犬のバックには怖い人が付いてるんだよね。私も自分はかわいいから」

「誰のことをおっしゃっているのかわかりませんが。いずれにせよ、ロン君、よかったですね。でも、油断めされるな。オンとオフの差が激しい方なのでね。あなたのご主人さまは。甘えるのはオンのときだけにするのがいい。というわけで、今はオンでお願いします」

 手渡されたロンドを受け取る。

「たった今、オフになった」

 言ってなで回すと頬擦りのお返しがある。

「お姉さん」

 佳世だ。

「結局、那美さんは、どうなったんですか?」

「この子、このままじゃ社会でやっていけませんよ、再教育を、って。おばさまに言ってやった」

「で、おばさんの下で、しばらく?」

「期間は知らない。あ。ママ。『新家』の建て替えが本決まりになった、って」

「ああ。ようやく」

「はい。一一月あたりから今のお宅の取り壊しが始まるそうです。建て替えの間は、『新家』の皆さま、成美大おばさまの元で過ごされます」

「そうなるだろうね。あ、那美も?」

「はい。今まで何度か、がつんと怒ったけど、まるで効いてない。もう、成美大おばさまにすがる、と」

「成美おばさんと姉さんとじゃ圧が違う。あの暴れん坊にはいい薬になるだろうね。はい、ご愁傷さま」

 締めの言葉、だったろう。話題は移り変わる。

「それにしても、お三方」

 美咲の会釈だ。

「お疲れさまでした。不肖の娘が迷惑を掛けちゃって」

「来てくれなんて頼んでないもーん」

「孝子も成美おばさんのところに行く?」

「みんな、ありがとう。すてきな友だちに恵まれて、私、幸せだな」

 空々しい笑顔に、DKは爆笑となる。

「さて。冷たい娘だと思われっぱなしなのも私の沽券に関わる。君たち。急な話だけど、週末に温泉なんて、いかが」

「お。どこさ」

「カラーズで温泉っていったら、岩花に決まってるだろうが」

 あっ、と麻弥とみさとがうめいた。群馬県岩花市といえば、閉店したカラーズなじみの喫茶「まひかぜ」が老マスター、岩城の古里にして隠棲先ではないか。

「そういえば、行かれるんでしたね」

「郷さんは、ご存じで?」

「ええ。僕、というか、父親が誘っていただいていたんですが、あの人、おじいさんなので、もう少し涼しくなってからに、と遠慮させまして。なので、今回は、神宮寺さんと舞浜大のお二人で行かれる予定、と記憶しています」

「おいおーい。私、聞いてないよー」

 ぼやくみさとを、孝子は一刀両断にする。

「君たちは、最近、ほぼ他人だったし」

「ひでえ。あ。私、もちろん行くよ」

「麻弥ちゃんは?」

「私は、どうしようかな」

「こいつは、いいよ。どうせ、剣崎さんと一緒がいい、とか思ってるんだぜ。友情と愛情を天秤に掛けるようなやつは、いらん」

「そんなこと、言ってないだろ!」

「君は?」

 いがみ合いを尻目にして孝子は尋道のほうを向いた。

「ロン君は連れていってくれるんでしょうね」

「君が世話するなら」

「行きましょう」

「ママは?」

「ええ?」

 意外の勧誘に、美咲は奇声を発した。

「私が動けるのは土曜の午後からなんだよね。誘ってくれてうれしいけど、さすがに慌ただしい。また今度」

「うん。ママを誘うときは、連休か、もっと近場か、だね」

「お姉さん。私は?」

 ずいと佳世がきた。

「佳世君は、確か、全日本の合宿でしょう?」

「行きたくありません」

「そんなの知らないよ。好きでやってることでしょうに」

「いえ。そこまで好きなわけでも。それより皆さんと温泉旅行のほうが楽しそうです」

「こら。何を言うんだ、お前は」

 カラーズの良心が叱責する。ぷっと佳世は頬を膨らませる。眺めているうちに、孝子は、ふと思い付いた。

「佳世君。私は止めないよ。自分で決めればいい」

 言ってみた。完全ないたずら心だった。自他共に認めるへなちょこは、どうせ決めきれない、と高をくくっていた。孝子のよくやる失敗の型だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ