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未知標  作者: 一族
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第六九〇話 クラリオン(一四)

 期待にたがわぬ辣腕といえた。麻弥とみさとのカラーズ復帰譚における尋道だ。順を追っていく。発端は、麻弥とみさとの斎藤英明税理士事務所定着を図らんがため、同副所長氏が尋道をだしに使ったことにあった。あの男がいる限り、お前たちの帰る場所はないぞよ、このままとどまるがよかろう、という主張である。

「冗談じゃない。実際、お二人が副所長さんの言を真に受けていたら、僕は、恨まれるまではいかないにしても、間違いなく恨めしい存在として、白眼視の対象となっていたでしょうよ。たまに顔を合わせても、妙によそよそしかったり、無視されたり、と。はて。なぜに僕が、そんな切ない目に遭わなくてはいけないんですか。日々の業務を懸命にこなしているだけの僕が。なんの罪科もない僕が」

「どうどう」

 笑いだしそうになるのをこらえて孝子は尋道をなだめる。

「神宮寺さん。笑いごとじゃないですよ」

「はいはい。ごめん、ごめん」

 真顔だ。相当に不愉快だったらしい。孝子は素直にわびた。

「人を利用するのは好きだけど、利用されるのは嫌いなんだね」

「そうです」

「否定しろ。で、具体的に、どんな意趣返しをしたの?」

 孝子の声と、尋道がうどんをつまむタイミングが重なった。

「いいよ。先に食べて」

「はい

 一口の間の静寂を経て、尋道だ。

「まず、正村さんですが、そんな手を使ってまで手元に残したいとは、つまり、彼女を貴所に預かっていただいた当初の目的である研修は、立派に終わった、とみなしていいのですね、と。返していただきます、と」

 この言いようである。

「斎藤さんは? この人は、研修に出ていたわけじゃないよね?」

「契約する企業の人間をだしに使うとは無礼だ。信頼関係は損なわれました。返していただきます。そう通達しました」

「でも、斎藤さん、まだ実務期間中じゃなかったっけ?」

「黒須さんにお願いしました」

 高鷲重工の大立者を引っ張り出してきたか。この男、縦横無尽だ。

「あのおっさんに頼んだなら、重工の経理か、何か?」

「どうでしょう。そうなるかもしれませんし、大手の会計事務所あたりを紹介していただけるかもしれません。いずれにせよ、斎藤さんなら、どこでだってやっていけますよ」

 以上か。なかなかに痛快であった。心からの賛辞を孝子は呈した。

「それで、今後は、どういうスケジュールで動くの?」

「私は、実務期間の消化まで、もう少し間があるし、正村も、いきなり撤収はできないから、カラーズに戻るのは、私が来年の初夏ぐらいで、正村が一〇月、ぐらい?」

「ふうん。そうだ。せっかく戻ってくるなら、これを機に二人も役付きにしようか。手当はないけどなあ」

「郷さんの、マネジメント事業部長、みたいな?」

「そう」

 非常な重要事項だった。何事にも融通無碍に対処するマネジメント事業部長氏によって、存分に甘やかされている孝子だ。戻ってきた二人が彼の言動に掣肘を加えるがごとき展開は望ましくない。制限を設ける必要があった。

「斎藤さんはファイナンシャル事業部長でいいかな。おい。ファイナンシャル事業部長」

「何さ」

「隣の子は、貴所で何をやってたの?」

「司法書士補助者」

「それは、何」

「うちの母親の使い走り」

「半人前か」

「おい」

 苦情の声は無視する。

「当面はファイナンシャル事業部付にでも任じておこう。何か、別の事業部を立ち上げてみたかったらプレゼンして」

「いや、部長とかは、どうでもいいんだけど。それより、ファイナンシャル事業部は、何をやる事業部なんだよ」

「文字どおりに受け取るなら、カラーズの持つ資産で事業を行う部署、ですか。斎藤さんが手掛けられている投資とか。新しい社屋の活用も、そうですね。カラーズ自体のネームバリューも資産といえば資産でしょうか。あと、舞姫」

 わざわざ付け加えるとは、舞姫にかかずらいたくないか。マネジメント事業部長の意向、くんでやろう。

「じゃあ、そのあたりで。細かいところは斎藤さんと話し合って決めて。よし。こんな感じかな」

 みさとが喉の奥を鳴らした。

「郷さんの領域は絶対に守る、っていう強い意志を感じますなあ」

 利け者の眼力はごまかせなかったようだ。ならば、強行突破する。

「当たり前。いくら斎藤みさとでも、日本リーグに『ビッグガード例外条項』を制定させたり、重工にアリソン・プライスを連れてきたりなんて、そうそうできないでしょう? そういうことを、さっさとやっちゃうような男には、フリーハンドを与えておかないとね」

 驚愕のあまり、ほうけたようになっているのは麻弥で、闘志でらんらんと目を輝かせているのはみさとだ。ひょうひょうとしたふうを尋道は崩さず、三者三様を眺める孝子の口元は自然とほころぶ。いざ。新生カラーズの幕開けである。

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