第六八九話 クラリオン(一三)
麻弥たちが車をとめたのは、サービスエリアの裏手にある駐車場、という。それは、一般道より同所の施設を利用できるよう設けられた出入り口に付帯するものであった。三人の場合だが、下りの静海サービスエリアからスマートインターチェンジ、一般道と経て、たどり着いたそうな。
「ご苦労なこった」
手間暇を一笑に付し、孝子は進む。
裏手の駐車場では、こちらも暗がりに車がとめられていた。中で熟睡している男への配慮なのだろう。孝子の関与せぬことなので、構わず車内にスマートフォンのライトを浴びせるが。
「いないよ?」
後部座席、助手席、ときて、念のため運転席まで照らしてみても、寝ているはずの男の姿は見当たらなかった。
「え? 郷さん、どうした?」
「トランク?」
「いや。後ろは荷物が入ってる。お手洗いじゃないか?」
「そのとおりです」
麻弥に続いた声に、三人娘は飛び上がった。後ろだ。振り返ると尋道である。
「驚かせるなよ!」
「ずっと後ろにくっついてきていたのに。別に、足音を忍ばせるでもなく、ね。気付かないものだ。僕が痴漢でしたら、あなたたち、大変でしたよ」
尋道に悪びれたふうは皆無だった。
「どこからです? トイレ?」
「ええ。僕が出てきたら、ちょうど、お三方が先を行ってましてね」
みさとが用意してくれた下着に替えて出てきた直後だ。
「郷本君。ママに軍資金をもらった、って聞いたよ。夜食としゃれ込もう。フードコートのうどん屋さんが開いてるんだって」
「ごちそうになります」
「お前、眠気は大丈夫か?」
「ええ。まあまあ眠れましたし。あなたたちが騒がなければ、もっと眠れたのですけど」
孝子はにやりとした。確かに、ご機嫌斜めだ。
うどん屋での注文は二派に分かれた。ざるうどんのみの質素派が孝子と尋道で、かけうどんに桜エビのかき揚げとミニしらす丼まで付けた豪華派が麻弥とみさと、といった具合だ。
「夜中に、健啖ですね」
小食で知られる尋道が待ちの間で同じテーブルを囲む他派を評した。
「せっかくの静岡なんだし、名物を食べたいじゃん?」
「そういうものですか」
「しかし、大食いどもは、だらしない格好だな。寝間着か」
孝子が言及したのは、同伴者たちのうち二人のいでたちだった。
「大食い、ってほどでもないだろ。だらしなくもないし」
しかめ面の麻弥は黒いだぼだぼしたスエットの上下をまとい、みさとは緩いフランネルのワンピースを着けている。
「ご名答。実は、私、寝間着。長時間になるし、楽なのがいいかな、って」
「私も、そう思ったんだけど、でも、ぎりぎり部屋着までにしておいたぞ」
「何が、ぎりぎり、だ。ばかどもが。私を見習え」
威張った孝子は、白いTシャツにデニムパンツ、アウターにグレーのパーカー、とまとめている。
「聞いてるぞ。出がけにぶち切れて、そのまま飛び出したからだろ。そうじゃなければ、お前も、どうせさえない格好だったよ」
「うるせえ」
「そろいもそろって」
シニカルに笑う尋道氏は白いポロシャツにベージュのチノパンツである。
「品位を保っているのは僕だけのようだ」
「そっちも、うるせえ。いつも同じような格好しやがって」
「ミス・デニムに言われたくないですね」
「言ってろ」
騒ぐうちに、ざるうどんの出来上がりを知らせるアナウンスが聞こえてきた。
「お先ー」
言いつつ、伸びる心配のないざるうどんなので、豪華派の準備が整うのを待つ。
「お待たせ」
四人がそろったところで、食べ始める。だんらんで取り上げる話題は、もちろん、麻弥とみさとのカラーズ復帰うんぬんおよび大暴れしたとかいうカラーズの策士の動向だった。質、量共に疑う余地はない。よい箸休めとなってくれることであろう。楽しませてもらうとする。




