第六八話 姉妹(二一)
愛知県緑南市の北崎家に滞在して二日目の朝だ。孝子の愛車、ウェスタは、一路那古野女学院高等学校を目指している。車に乗っているのは、運転席に麻弥、助手席に孝子、後部座席に佳世の三人である。最少の催行人数は、ナジョガクを訪問するメンバーの選考でもめたことが理由だった。
当然、OGの春菜は同行の名乗りを上げた。ナジョガクでの用件を済ませた静は乗り気でない。最後に、那美だ。居残って、美味のメロンにありつく気満々の顔をしていた。
「那美ちゃんを残すのは絶対に駄目」
孝子は宣告した。
「なんでー」
「ここにいる間は目が離せない。連れていって、車の中で待っててもらおうかな」
「えー!」
「私が見てようか……?」
「おじさまとおばさまにメロンを勧められても絶対に断ってね。静ちゃんに、できる?」
「……どう、だろう」
「できないね」
「それぐらい、静お姉ちゃん、できるよ」
「……静。松波先生は、私たちに会いたい、って言ったんだよな?」
神宮寺姉妹の会話に麻弥が割って入ってきた。
「うん」
「春菜とか、お前とかの名前は、出た?」
「別に、何も言われなかったけど……」
「じゃあ、春菜。明日はメロンなしで、二人を、どこか観光にでも連れていってやって。池田は、私たちが責任を持って送る」
「いえ。私もご一緒しますよ。松波先生がお二人にお話がある、って、私のあちらでの暮らしぶりが気になってのことでしょうし。私がいなければ、お話になりません」
「名前が出なかったんだし、今回は額面どおりに受け取ろう」
「いえいえ。お二人だけに任せた、とあっては、私が怒られます」
「これ以上、この話を引っ張ってると、別口で怒りを買うけどな。私はちゃんと建設的な意見を言ったぞ。もう、知らない、っと」
けれん味たっぷりに両手を上げて、麻弥は部屋を出ていった。残されたのは、四人の少女と、目が据わった孝子と、だ。
……一連の流れで、最も割を食ったのは佳世だったろう。出会ったばかりの年上の二人、というだけでも息が詰まるところに、その一人は、敬愛する古今無双の先輩すら震え上がった孝子だ。気弱な彼女は小さくなって、出発以来、一言も発しない。
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」
ついに運転席の麻弥から佳世に声が飛んだ。
「は、はい」
「大丈夫。あの場を収めるために言っただけ。孝子、別に怒ってない。自分の言うことに盾突くやつには容赦ないけど、池田は、違うだろうし。相性、いいと思うよ」
「そういうのは、自信あります! 私、主体性がないので!」
「こらー。自信たっぷりに言わないの」
猫なで声で孝子が振り向くと、佳世は、ほっと安堵の笑顔だった。
午前九時四五分に三人は那古野女学院高等学校の駐車場入りした。松波との約束は午後一〇時なので、ちょうどいいあんばいだ。入構の手続きを済ませ、バスケ部の寮に向かう。
「あ。先生、もういます」
寮の前には小柄な老爺の姿があった。三人は駆けだした。
「やあ。ようこそ。那古野女学院へ。ここでバスケットを教えている松波といいます」
白髪頭が深々と下げられた。
「お初にお目にかかります。神宮寺孝子と申します」
「正村麻弥です。よろしくお願いします」
「はい。よろしくね。自動車で来られた?」
「はい」
「お店にね、予約を入れてあるんで。出してもらっても、いいかな」
「はい。どうぞ」
「先生。私は」
「佳世もおいで。四人で予約を入れてあるよ。ちょっと遠くて、岐阜になるんだけど、行きつけがあってね。夏しかやってない、アユを食べさせるお店だよ」
「旬ですね」
「うん。そこの板とは古い付き合いで、なんでも頼めるんだ。アルコールと味の濃いものが駄目だってね。ちゃんと伝えてあるよ」
店までは、およそ一時間の道のりという。のんびり向かえば、ころ合いに到着することだろう。




