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未知標  作者: 一族
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第六八七話 クラリオン(一一)

 一人、黙々、の思いを孝子が新たにしたのは、到着の翌朝だ。滞在中に入り用な物資の買い出しへ、と言えば、一人と一匹がおとなしくしているわけもない。肉薄が起こった。

「駄目」

 一刀両断に切り捨てて外に出た。そこで居合わせたのは倫世の母である。彼女も買い出しに出掛けようとしていたところらしかったが、なんとも間が悪い。というのは孝子、昨日、彼女に墓参を強要されたことを根に持っていた。

「おはよう。そろって、どうした?」

「あ。おばちゃん。ケイちゃんが一人でお買い物に行くって。私たちを置いていくつもりなの!」

「お前。連れていってやれよ」

 またぞろ差し出口か。二度目は、ない。

「私に指図するな! だいたい、犬を連れて入れるスーパーなんて、ほとんどねえだろうが! いちいち言わせるな!」

 捨てぜりふを残して飛び出す。もういい。孝子は決めた。帰る。こいつら、我慢ならぬ。幸い、買い出しの装いだ。このまま帰途に就いても、なんら違和感はないだろう。あばよ。快哉を叫ぶ孝子であった。


 孝子が失踪した、という不穏な通信が尋道の元に届いたのは、とっぷり日も暮れたころとなる。倫世の母が急報してきた。

 いきさつを聞いて、尋道はうめいた。気の短さでは人後に落ちない孝子だ。それはそうなるだろう、としか言いようがなかった。そろいもそろって余計なまねをしたもの、とあきれた旨を率直に告げる。

「言うね。君も」

「言いますよ。おばさんや那美さんは、僕にとって利害関係のない方たちですので」

 受話器越しに笑声が聞こえてきた。

「あいつが頼りにするだけはある。で、その口ぶりだと、連絡はなし?」

「ないですね」

「うん。那美が言うには、あいつ、もう帰ってるんじゃないか、って。私も、そう思うんだけど、君の見解は?」

 義妹と愛犬をほっぽり出して、か。やるだろう。神宮寺孝子なら。

「不測の事態に遭っているよりは可能性が高そうかと。引き続き情報の収集をお願いします」

「任せて。もし、そっちに連絡があったら、任せた」

「承知しました」

 自室のベッドに寝転がって尋道は思案を開始した。ロンドについてだった。孝子のことは、いったん、忘れる。こちらから連絡を入れるような悪手に走るつもりのない以上、手の施しようがない、という意味で、である。縁起でもない方向へは想像力を働かせず、当該者の人となりのみを判断の材料とすれば、もう近場まで戻ってきているのではないか、と読める故もある。

 それにしても、哀れな。主従のみであれば、駄目、と言われたらロンドは従わざるを得なかっただろう。ところが、那美がいたがため、つい追随し、結果、置いてきぼりにされたに違いない。前回の移動より季節の変動はなく、依然として残暑は厳しい。かつ随行者の力量に信を置けないときては、公共交通機関を使ったロンドの移動は危険といえた。迎えに行かねば。尋道は愛想のいい赤柴を、本気で慈しんでいたので、ほぼ順当に、この結論に達していた。

 では、具体的な方策は、と転換を図った瞬間だった。スマートフォンが鳴動した。画面には孝子の名前があった。時間の経過とともに平静を取り戻し、一報してきたか。

「はい」

「私。聞いてる?」

「お疲れさまです。今は、どちらで?」

 選抜された理由は、余計なまねをせぬ男、と評価されているためだ。よって単刀直入で臨む。

「静海のサービスエリア」

 静岡県静海市なら舞浜までの道程は八割方、終わっている計算になる。

「突っ走りましたね」

「さすがに疲れたよ。寝る」

「わかりました。しっかり休憩して、引き続き安全運転を。後は引き受けました」

「はあい」

 通話が終わり、思案に戻る。

「うん」

 思わず、うめきが漏れた。ロンドの体調を考慮すれば、移動手段は車以外に考えられなかった。では、かかる費用は、と計算し、出てきた数字に対するうめきだ。二〇万円弱は、レンタカーをワンウエーで手配したときの金額になる。安く上げようと、カラーズの社用車を使った場合で計算してみれば、今度は、舞浜、春谷間の往復二〇〇〇キロに及ぶ距離がのし掛かってくる。なんとも、厳しい。

 といって、那美に頼りたくはない尋道だった。野放図な彼女を尋道は苦手にしており、おそらくその運転も、また彼の志向に合わぬ、と想像するからである。可能なら、ロンドだけを連れて帰りたかった。那美には飛行機か電車で移動してほしかった。若い娘との長時間の同道は避けたい、とかなんとか言って逃れられないか。いや。神宮寺家の末妹は、こちらの言うことなど聞くまい。いよいよ、厳しい。

 考えをまとめ切れなかった尋道が頼ったのは斎藤みさとだった。カラーズきっての活動家が、ロンドの救援行に興味を持ってくれないか、という期待が、なかった、とは言わぬ。

「よくぞ頼ってくれました。私も行くよ!」

 スマートフォンを存分に放してもなお聞こえてくる声に、ほくそ笑むのは、尋道、早過ぎたのだ。

「よし。すぐに出ましょい」

「は?」

「あの子、静海で寝てるんでしょう? 合流しようよ! 驚かせてやろうぜ!」

 策士策に溺れる、とは、よくいったものである。

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