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未知標  作者: 一族
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第六七九話 クラリオン(三)

 暑さに弱い赤柴を、外気に触れる機会の多い公共交通機関を利用して連れ回すなど、とんでもない。第一が、これで、第二は、那古野に用事がないわけでもないので、とのことであった。尋道氏に連絡を入れたところ明らかとなった、つまらぬ依頼を受けた理由になる。

「ご厚意、ありがたく受けさせてもらうけど、本当によかったの? 平日だし」

「仕事のついで、という形で対応させていただきますので、お気遣いなく」

「いいけど。不良社員だね」

「何をおっしゃいますやら。ナジョガクさんを表敬訪問するんですよ。立派な仕事だ」

「なんの用で?」

「当社でスポンサーをしています」

「だっけ?」

「はい。で、その相手が先の高校総体で見事に優勝されたでしょう。とっくに祝電は送ってありますし、出向く必要まではないんですが、今回は、まあ、ついでに、ね」

 知らぬ。が、言えばあきれられる。黙して語らずだ。

「那古野には何時ごろ着けばいいんですか?」

「午後二時」

 ならば、余裕を見て午前八時の出発とする。午前七時四五分ごろに伺う。万遺漏なく用意を頼む。そう言ってよこした尋道は、翌朝、寸刻の遅れもなく「本家」にやってきた。

「おはようございます。ロン君。よかったですね。連れていってもらえて」

 あいさつもそこそこに尋道はロンドの元へと向かう。

「鬼の目にもなんとやらだね」

「ロン君。あなたのご主人さまは、どうして、あんなに口が悪いんですか?」

 同じ声で、口だけじゃなくて性格もわるいわん、なるほど、と続く。尋道の一人芝居である。

「犬。お前、私を、そんなふうに見てたの?」

 巻き込まれたロンドはたまらない。尋道の元を離れ、孝子の周囲をぐるぐる回る。

「やめてくださいよ。ロン君がかわいそうでしょう」

「君が吹っ掛けてくるのが悪い」

「違います。悪いのは人を鬼呼ばわりしたあなたです」

 見送りに出てきていた美咲と佳世が顔を見合わせた。

「強いね。郷本君は」

「お姉さんに負けてないですよ」

「郷本さんはケイちゃんの性格を知り尽くしてるんだよ。だから、ぎりぎりのラインがわかる」

「なんの。わかりやすい方でしょう。怒らせるほうの人間観察眼がなってないだけですよ」

「全くだね」

 上司と部下の呼吸も合ったところで出発だ。

「本日のご予定を伺っても?」

 車が走りだして、すぐである。助手席の尋道が問うてくる。

「ディーラーに行って、その後、松波先生のお宅。以上」

「では、ディーラーでお別れしましょう」

「付いていこうかな。ナジョガク」

「来なくていいです」

 意外にも、きっぱりと断られた。

「なんで」

「一刻も早く松波先生のお宅に入って、ロン君を休ませてあげてください」

「じゃあ、後ろの連中は松波先生のお宅に置いてくるよ。少し回り道になるけど、それぐらい、待ってくれるでしょう?」

「ええ――」

「待って。そんなの嫌だよ。私たちも行く」

 尋道の返しの途中で那美が割って入ってきた。ロンドも鳴き声で存在を訴える。

「ああ?」

「神宮寺さん。こうなるのは目に見えていたわけですよ。というわけで、車内でけんかをされても迷惑ですので、またの機会にしましょう」

 流れるような拒絶だ。盛大に舌打ちする。

「なんですか。因果応報です。次があるなら、この手は秘密裏で実行することだ。基本的に人とつるむようにできてないでしょう。あなたの人間は」

 的確な指摘に、再び、舌打ちだ。

「本当だよ。君の言うとおり」

 背後からの抗議は、あえて無視する。自分の性格を知り尽くし、今後の指針を示した相手への遠慮である。そうでなかったら、ずたずたにしてやるところだ。命拾いしたな、と胸中にうそぶく孝子であった。

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