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未知標  作者: 一族
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第六七四話 羅針儀(二三)

 渡米に必要な用具を調えるための買い出しへ、と景に誘われた。車で向かう、というので、その到着を、祥子はlaunch padの正門前で待っていた。八月上旬、午前一〇時、晴天の暑気は、既にこたえる温度と湿度で祥子を包むが、構うものではない。舞姫館では怒り心頭に発した井幡が、まどかをねちねちやっているのだ。空気が悪くて、いられないのである。

 来た。見覚えのあるダークグレーの車だ。祥子の横に寄せてきて、とまった。助手席側の車窓がわずかに開いて、景の声が聞こえてくる。

「乗って」

「はい」

 助手席に収まり、ハンカチでしきりに汗を拭っていると、景が問うてきた。

「高遠。お前、まさか、ずっとあそこで待ってたのか?」

「はい」

「この暑いのに、どうして」

 なぜ、と言われれば、舞姫館にいづらかったから、となる。

「御社!」

 景は噴き出した。尋道の発した一言が、殊の外、気に入ったらしい。

「あれだな。郷本さん、読んでたな」

「え?」

「伊澤が、先輩がー、先輩がー、って絡んでくるのを。カウンター状態だったんだよ。キジも鳴かずば打たれまいだなあ」

 敬愛すべき祥子の上司なら、あり得る話だった。

「おっかないよな、あの人。外見は、そんなことないのに」

「その、おっかない人から、須之内先輩は、何を言われたんです?」

「ん?」

 渡米の実現に至った過程を祥子は知りたかった。

「昨日の夜、お電話を差し上げた後で、あったんですよね? 何かが。結局、二〇〇万円は、なしになったんですか?」

「うん。高遠が電話をくれて、ちょっとしたぐらいに、電話があって。二〇〇万はひとまず置いておいて、北崎さんを頼る気はあるか、って聞かれて。はい、お願いしたいです、って答えたら、お姉さんのゴーサインが出たから費用はカラーズ持ちで行かせてやる、お前と一緒に行ってこい、って」

「お姉さんだったんですか! 郷本さんが調整してくれたのかと思ってました」

「何百万もかかるんだし、さすがの郷本さんでも無理だろ。お姉さんが動かないと」

「確かに」

「そうそう。郷本さんと話はした?」

 尋道は、言うだけ言って、さっさと引き上げてしまったので、個別の会話はなかった。

「そうか。じゃあ、一応、言っとくか。不用意な発言は慎むように、って」

 祥子は、春菜のアシスタントに呼ばれたからであり、景は、祥子のおまけ、という体を貫くべし。間違っても、全日本やら披露宴の話を外に出してはならない。結果的に、全日本への選出や披露宴への参加といった、両人の希望がかなうときもあるやもしれぬが、それは、あくまでも、結果的に、であると、ゆめ忘れぬよう。

「だって、さ」

「わかりました」

 会話が一段落したところで景は車を発進させた。

「あ。須之内先輩。ATM、寄っていただけますか。コンビニでもいいです」

「金? 出すよ」

 点数を稼がせろ、と景は言うのだ。尋道との会話の節々に感じられた遺憾の意を晴らしたい、とか。

「ここ数日、微妙に私への当たりがきついんだよな。郷本さん」

「はあ。まあ、郷本さんとしては、結論の出たことを掘り返して、とお考えなのかもしれません」

「うん。だから、お、須之内も反省したな、殊勝だな、って思わせたい」

 趣旨は、わかった。わかったのだが、一カ月の長期にわたる滞在だ。用具にかかる費用も、なまなかではあるまい。その額を先輩に出してもらうというのは、いかにも気が引ける申し出だった。

「貸しにしてもいいよ。私の原資って、実は、ユニバースの報奨金なんだ。返すのは、お前が全日本で報奨金をもらったとき、っていうのは、どうだ?」

 逡巡を見抜かれたのか、景はからめ手から来た。それならば受けてみようか。祥子は、とっさに思った。受けて、報奨金を狙ってみようか。全日本への参加が当面の目標なら、報奨金の獲得は究極の目標となり得るであろう。

「お言葉に甘えようかな」

「そうしろ。で、郷本さんに、アピールしておいて」

「わかりました」

 物心の目指すものを得て、祥子のまい進が始まるのである。

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