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未知標  作者: 一族
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第六七一話 羅針儀(二〇)

 話は進展して、裏方作業の具体的な内容へと移っていった。先導するのは、当然、尋道となる。

「先日、式場のあるホテルに行ってきましたよ。いや、さすがに、ナジコのホープが選んだ式場だけあって、駅に直結した、実に高そうなところで。こんな機会でもなければ、一生、足を踏み入れることはなかったでしょうね。料理もすごかったらしいので、当日はお楽しみに」

 なぜ、伝聞なのか。孝子はただした。

「僕はコーヒーをいただいただけなので。愚姉情報です」

「あ。一葉さんも行ったんだ」

 尋道は無言で左手を上げ、その薬指を右手で指した。

「指輪! 一葉さんが作るんだ。じゃあ、正治さんに接待してもらったの?」

「いいえ。松波正治さんとは指輪の採寸でお目にかかっただけです。関さんがおごってくれたんですよ。元々、式場の音響を確認しておきたいから、って誘われてまして。ついでに指輪の採寸とかも、どう、なんておっしゃるので、仕方ない、付き合うか、と」

「リューイチ・セキも、まめだね」

「本当に。とんだ悪食だ」

 違和感が、あった。孝子は、関の仕事ぶりについて評したのだ。対して尋道は、なんと言った。悪食、とは。意味不明ではないか。

「まじっすか!」

 思索を断ったのはみさとの叫声だった。これを契機に孝子も気付いた。悪食、は身内へのひげであった。関が一葉に好意を抱いている、という意味なのだ。

「なんだよ。いきなり大声を出して」

「にぶちんは黙ってろ。うわあ。すごい。もしかしたら、もしかして、近々に、おめでたとか、あっちゃう?」

 みさとの発展を聞き、鈍い女も合点がいったようで、身を乗り出してくる。

「どうなんでしょうね。あの人、やっぱり舞浜を離れたくないよね、なんて、僕に聞いてきたりしますけどね」

「おい。リューイチ・セキ、もう家のことなんか考えてるのか」

「次男だから親の心配はいらないんで、二世帯で、とかなんとか。そんな夢想をする前に、どこかで一泊でも、二泊でも、してきなさいよ、と思うんですがね。どうなるやら」

「だったら、長沢先生の式が、ちょうどいい機会じゃない? 一葉さんも招待されてるんでしょう?」

「されてますね。お任せしますので、神宮寺さん、存分にたき付けてくださいよ」

「任せろ。さて。どう料理してやろうかな

 脱線した先で興に入ってしまったせいである。三人の帰りしなになって、孝子は思い出していた。尋道に諮らねばならぬことがあった。他は、いても、いなくても、よい。

「郷本君。付いていくよ」

「ご随意に」

 玄関先での宣言に、尋道は素っ気ない。先に出ていた二人の笑声と併せて、早速か、というあきれに違いなかった。

「違う。私も、こんな夜遅くに、そこまで酔狂じゃない。さっちゃんの話」

「お。なんだ。カラーズの仲間の話とは、聞き捨てならないな」

 乗り付けてきた車へ土産物の積み込みを終えたみさとがやってきた。

「君たちは来なくてもいいぞ」

「行ってもいいんだな」

「夜分に大勢で押し掛けられても迷惑です。またにしていただけませんか」

「冷たいね。かわいい部下のことなのに」

「すぐに済みますか?」

「いや。そうでもないかも。お茶ぐらい出すよ」

「コーヒーにしてください」

 尋道がきびすを返してきた。自然、麻弥とみさとも続いて、四人は孝子の自室に戻る。

「昼間、お土産を持ってきてくれたの、さっちゃん、って、言ったじゃない?」

「ええ」

 その事実には、余聞がいくつかある。

「あの子、須之ちゃんに頼まれてたんだよ。二〇〇万の内訳を聞きだしてきてくれ、って」

「二〇〇万?」

 麻弥とみさと、双方の口から漏れたつぶやきに応じる間、孝子は横目で尋道の表情を確認する。

 遺憾。

 さもありなん。断念した、させた、と思っていた景が、いまだ長沢の披露宴に執着し、こそこそ動き回っていたのである。表情だって無機質化する。尋道の憤激を買わぬよう、話の運びには細心の注意を払う必要がありそうだ。孝子は心する。

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