第六七〇話 羅針儀(一九)
近ごろ、珍しいコアなカラーズないしザ・カラーズの集結だった。かつて池田佳世が呼称したところの構成は、神宮寺孝子、正村麻弥、斎藤みさと、郷本尋道、以上の四人となる。
「うおーい。腹が減った。食うぞ」
孝子の自室に入るなり、みさとは土産物の前に滑り込む。スーツ姿でもお構いなしだ。勤務する税理士事務所からの退勤後、飲まず食わずで鶴ヶ丘にやってきた、という。
「スーツが汚れるぞ」
同じくスーツをまとったみさとの同僚の麻弥氏は、優美な所作で腰を下ろす。
「失礼します」
そして、しんがりの尋道は、土産物を尻目に部屋の隅へと直進する。当所に配された寝床でくつろぐロンドが目当てなのだ。三者三様である。
「さあ。何、食べようかな。これ、おいしそうじゃない?」
「私はいいよ」
「おうちでダーリンと一緒に食べますわ、ってか。けっ。しらけるんだよ」
見定めたまんじゅうの箱を掲げ、みさとが声高に言った。音楽家の剣崎龍雅と同棲中の麻弥なのだ。
「腹立った。やけ食いだ」
「なんだよ。私のせいかよ」
「そうだよ。お前のせいだよ」
吐き捨てるや否や猛烈にやり始めたみさとの手が、はたと止まった。
「何か、飲み物を」
勢いよくまんじゅうを頬張り過ぎて、詰まりかかっている、そうな。
「がきか」
窒息されても迷惑だった。意地汚い女をののしりつつ、孝子は部屋を飛び出し、急ぎ冷茶を手配した。
「ほれ」
コップいっぱいの冷茶が一気に干された。
「助かった」
つぶやいたと思いきや、再び、まんじゅうをぱくつきだすみさとだった。
「懲りてねえ。そういえば、君たち。招待状は届いたかね。長沢先生の式の」
「おう」
「三日前かな。その日のうちにはがき出したよ。式に出るの初めてなんだ。すごく、楽しみ」
「親戚の式とかも?」
「なかった。郷本は、どう? さっきから、全然、反応ないけど」
ロンドを膝の上に抱えたまま、動きのない尋道を麻弥は見やる。
「ロン君がお休みなんですよ。ここまで気を許してくれるようになったんだ、と感動に打ち震えてますので、放っておいてください」
何を言っているのやら、と孝子は失笑した。
「あの人、式には出ないで暗躍するんだって」
「なんだ、それ」
「さあ。ねえ、裏方って、何をするの?」
「主に余興の段取りを」
「余興?」
尋道が、ちらりとくる。
「話してないんですか?」
「ないよ」
「そうですか。実は、披露宴の余興を神宮寺さんが買って出られたんですよ」
「へえ。お前、何、やるんだ?」
孝子が応じる前に、尋道だった。
「『花咲人』って歌が、あるでしょう。あれを」
「ああ。めちゃくちゃヒットしたよね。ドラマも」
依然、まんじゅうにかかりきりのみさとが言う。
「ウエディングソングにも、よく使われてる、って聞くし。でも、『花咲人』、新郎と新婦で歌うのがはやりじゃん?」
「いいえ。そのスタイルは間違いです。余興で、ゲストが、具体的には、神宮寺さんと関さんがデュエットするのが、正しい『花咲人』です」
「なんですのん、それ」
「だって、『花咲人』は、長沢先生の式で余興に使うから、って神宮寺さんが関さんに作らせて、当てさせた歌なので」
二人の驚愕が収まるまでには数分かかった。
「やるなあ。あんたも、関さんも、あっぱれだわ」
称える声が上がる一方では、
「お前は、また、人の迷惑も考えずに」
といさめる声も聞こえてくる。
「結果として大当たりで、関さんの名も上がりましたし、よかったんですよ」
最後に、場を取りまとめたのは、くみする声だ。誠に、三者三様、である。




