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未知標  作者: 一族
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第六六九話 羅針儀(一八)

 舞台は孝子の自室へと移った。宣言どおり淹れた茶の載った盆を挟んで尋道と差し向かう。二〇〇万の内訳を孝子は、主にビジネスジェットの費用、と読んだが、さて。

「いえ。那古野ぐらいの近場では電車と大して差がなくてですね。それでいて片や往復三万、片や往復二五〇万は割に合わない」

 外れた。では、何に使うつもりか。

「アメリカへの移動費と、同生活費です」

 大前提として、バスケットボールの試合をこなした後では、どの交通手段を選ぼうとも長沢の披露宴に間に合うことはない、という事実がある。

「それこそビジネスジェットを使えば、披露宴の後半には間に合うかもしれませんが。わずか数十分だかのためになんて、ね」

「それはいいから。移動費だの生活費って、何」

「順を追って説明させてくださいよ」

 しらっと見られた。遠ざかったかに思われた嵐が戻ってきても困る。ここは黙認しておくとする。

「試合をサボらず、部を辞めたりもせず、披露宴に出ようと思ったら、移動か、試合か、いずれかにかかる時間を短縮しないといけないわけで。そのうち、移動については、費用ほどの効果がない、と判断しました。となると、残るのは試合だけです」

「試合時間こそ短縮できないでしょう」

「ええ。なので、遅くとも前半、できれば第一クオーターで勝負を決めるんですよ。当代有数の須之内景選手が歴代随一の北崎春菜選手の手ほどきを受けた上で臨めば、決して不可能ではないかと」

 そのための、アメリカ、か。孝子は納得した。

「あとは、あの子、バスケ部でも相当な顔らしいですし、押し通せばいいでしょう」

「なるほどね。でも、そういう流れになるんだったら、教えてあげてもよかったかもね。今回だけじゃなくて、未来につながるじゃない?」

「そうですね。でも、駄目です。これで、僕、少し憤ってまして」

 少し、ではなくて、だいぶ、だろう、と思っても口を挟むのは控える。

「恩師と、ついでに僕の意向を無視した、ってことについて、ね」

 触らぬ神に祟りなし、という。関与はここまで、としたかったのだが、話は、これで終わらなかった。「本家」に顔を見せたのは祥子だ。尋道らとの談合から二日が過ぎた午後である。

 祥子は土産を携えていた。日本女子バスケットボールリーグのサマーシリーズにて訪れた群馬県の名産セット、とか。

「随分と買い込んできたね。こら。あげないよ」

 自室の床に置かれた大荷物への感想と、その周囲を物欲しげに周回するロンドへの叱責だ。声を受けて、ロンドは、とぼとぼ部屋の隅の寝床に戻っていく。

「これ、全部、私じゃないでしょう?」

「いえ。舞姫からお姉さんへ、です。井幡さんが気合い入れて選んでました。他の方の分も別にあります。この後、回ってきます」

「持ってきてるんだったら、うちに置いていったらいいよ。取りに来させる。しかし、井幡さんも、そんなに気を使わなくていいのに」

 氏は、カラーズと舞姫の間隙に気をもんでいる、と聞くが。

「カラーズさんあっての舞姫ですから。あ。お姉さん。これは、私の」

 差し出されてきたのは焼き菓子の小箱だ。

「井幡さんに比べて貧相だのう。敬意を感じないな。敬意を」

「えー」

「冗談だよ。お持たせで申し訳ないんだけど、茶菓子にさせてもらおうか」

 茶の用意が調い、会話が再開する。

「サマーシリーズだかは、去年も今ごろだったっけ」

 焼き菓子をちょうだいしながら孝子は言った。

「去年は、国府か。今年は、どこに行ったんだい?」

新田(にった)市です」

 新田市は群馬県の南東部に位置する市だ。

「群馬か。私も月末に行く予定なんだよ。場所は正反対だけど」

「岩花市、ですか?」

 取り出したスマートフォンに目を落としたまま祥子は言う。岩花市の位置を確認したのだ。

「そう。知り合いのところに遊びに行くのさ。お土産に群馬の特産品を持っていったら、井幡さん、嫌がらせと取るかな」

「とんでもない。大喜びしますよ」

「そう? じゃあ、考えておこう」

 小箱だけに、ティータイムは、すぐに終わった。

「どれ。他の連中へのお土産、預かろうか」

 包装紙などを片付けながら孝子は言った。来意は土産の受け渡しのみで長居するつもりはなかっただろう。帰ってよい、と言外に告げたつもりであった。

 しかるに、返事はない。孝子は祥子を見た。目と目が合った。防音が機能した部屋の時間は、ただただ、しずしず過ぎていく。

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