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未知標  作者: 一族
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第六六話 姉妹(一九)

 北崎家に戻った三人が車を降りると、耳に、ダン、ダン、といったような音が入ってくる。

「バスケットのゴールがあるんですよ。野中の一軒家なので音を気にしなくてもいいんです」

 春菜はそう言うと、静と佳世を手招きした。側庭を通って裏庭に回ると、青い床材で整備されたバスケットのハーフコートがあった。コートでは孝子が腰に手を当てて一息ついている。朝には麻弥と同じ上下だったものが、ハーフパンツにTシャツ、バスケットシューズまで履いていた。

「お帰り」

 孝子は、全身、すっかり汗みずくになっている。暑いさなかにかなり動いていたふうである。

「ただいま」

「ただいま戻りました」

「初めまして。那古野女学院高等学校の池田といいます」

 佳世が深々と頭を下げて最敬礼した。

「はい。こんにちは」

「松波先生が建ててくれたんですよ。受験勉強の合間にも練習しておいて、って」

「だってね」

 言いながら、孝子はゴールに向かい、ジャンプシュートを放つが、ゴールにかすりもせずに外れている。佳世がボールを取りに走った。

「お姉さん。フォームはすごくきれいなんですけど、パワーが足りてないと思います」

「うん。この三人は違ったと思うから言うけど、両手で打つの、万歳してるみたいで好きじゃない」

 主に筋力面の都合で、女子選手には両手打ちをする選手が多い。シュートを外した孝子は、か細い腕で片手打ちを敢行したのだ。

「お姉ちゃん、服はどうしたの?」

「おはるの、小さいころのを借りたの。体を動かしたい、って言ったら、おばさまが出してくれた。中学生のころのだって。ありがとう」

 佳世からボールを受け取った孝子は、懲りずに片手打ちをして、また見事に外している。今度は佳世を制して、自らボールを取りに走る。

「晩も、ごちそうを用意してくださってる、って話で。腹ごなしをしないと入らない」

 十分に豪勢だった昼の膳部を、さらに上回るものを用意している、と言われ、孝子は恐れをなして運動を開始した、ということだった。

「入らなかったら池田に押し付けてください」

「池田さんは頼りになりそう。よし。もうちょっと動くぞ。二体二だ。おはる。女子大生コンビで女子高生どもをやっつけるぞ」

「お姉ちゃん、ひきょう! いきなり春菜さんを取るなんて!」

 三〇分後、女子大生コンビ、というか春菜一人にのされた女子高生どもの一、静はコートの上にへたり込んだ。視線が裏庭の端にある離れに向かう。

「……お姉ちゃん、那美は?」

「トイレでしょ」

 冷淡な返しに、静は顔をしかめた。依然、怒っている。

「正村さんが、表で死にそうな顔をしてましたよ」

「……あの二人が、あんなに意地汚いとは思わなかったよ」

「まあ、そこまで猛烈に食べてくだされば、生産者としては喜ばしいですが」

「おじさまも、そう言ってくださってたけど。物事には限度というものがあるでしょう」

 孝子は吐き捨てた。これはいけない。静は話題を変えた。

「……あ。お姉ちゃん」

「何?」

「松波先生に伝言を預かってるの。お姉ちゃんと麻弥ちが来てる、って話したら、二人に会いたい、って。連絡をくれたら、来る、って」

「おいでになるって、ここは、私のうちじゃないし」

「気にしないでください。私が小学生のころなんて、おじいちゃん、うちに入り浸ってましたし」

「それはそれ。……池田さんは、しばらくここに?」

「いえ。明日には戻します」

「じゃあ、送っていくついでに、松波先生をお訪ねしようか。おはる、後で取り次いでね」

「はい」

 離れに戻ると、居間では麻弥と那美が肩を寄せて正座をしていた。神妙な顔つきに、孝子は思わず噴き出している。

「二人とも、もうお腹は大丈夫なの?」

「峠は越えた」

「メロン、またいけるよ」

「こっちの子は反省してないね」

 そこに顔を出したのは春菜の母だった。風呂を立てたので夕食の前に、と伝えに来たのだ。

「お姉さん、お先にどうぞ」

「うん。いただきます。二人は私が戻るまで正座ね」

 しかし、春菜の母の案内で孝子が姿を消すと、早速、麻弥と那美は足を崩している。

「お姉ちゃんに密告だ」

「やめろ」

「……この人は、池田さん?」

 正面に正座している佳世の顔を、那美は見入っている。

「神宮寺さんの妹さんですか。那古野女学院高等学校の池田です」

「やっつける」

 言うなり那美が組み付いたもので、佳世はびくりと体を震わせて、隣の春菜に救いを求める視線を向ける。

「適当に抱えておけば満足するよ」

 麻弥の助言に、佳世が恐る恐る那美の体を膝の上に抱えると、捕まった、と言いつつも、にこにこである。

「池田さんは、かわいいね。髪は、地毛?」

 米国人の父親譲りの彫り、長身、そして栗色の頭髪が、佳世の大きな特徴だ。

「はい。父親がアメリカ人なんです」

「おおー。やっぱり」

「妹さんも、すごくかわいいです」

「うん。それほどでも、ある」

 こうなると近い年代がそろっているだけあって、打ち解けるのも早い。孝子が戻ってきた二〇分後には、少女五人によるくつろいだ空間が出来上がっていたものだ。すっかり正座のことなど忘れていた麻弥と那美は、慌てて座り直すが、もう遅い。

「やっぱり、正座してなかったね。注意しなかった三人も同罪。晩ご飯まで正座」

「お姉ちゃん、横暴!」

 続くのは哄笑だった。ここに那古野行きの当初の目的は完全に達成された、といっていいだろう。

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