第六六四話 羅針儀(一三)
人事考課も終了し、祥子の賞罰は、当面、保留となった。それはいい。引き続き、答え合わせが始まる。初っぱなに採点結果だ。試験官が口を開いた。
「皆さんの予想ですが、完答は、ありませんでした。中村さんが残念賞で八〇点」
「五〇点じゃなくて?」
孝子の問いはもっともであった。二人のうち一人が当たっているのなら、五〇点を付けるのが適当、と思われた。
「実は、三人なんですよ」
「え。でも、日本リーグの外国籍選手枠は」
一チームにつき二人まで、だ。
「わかっています。正確には、選手が二人にコーチが一人、ですね。だから、選手は当たっていたので、八〇点、とさせていただきました。さすがはLBA解説の第一人者ですよ。中村さん、よい読みをしていらっしゃる。お見事でした。正解は、ウィノナ・ルイス選手、ラクウェル・ヒメノ選手、加えてアリソン・プライスコーチ、以上の三人になります」
アメリカ代表の有望株二人に加えて、同チームのカリスマ選手をコーチとして招くとは。祥子が驚倒するそばでは、孝子と尋道の会話が続いている。
「で、どうなりそう?」
「どうなるんでしょうね。北崎さんを失う舞姫さんのマイナス分は絶大ですが、元の戦力差も、そこそこ絶大でしたのでね」
ウィノナ・ルイスとラクウェル・ヒメノのプラス分を考慮に入れた上でも、舞姫の優位は動かぬ、という尋道の読みだった。
「じゃあ、あとは、アリソンの手腕次第?」
「特に指導者としての勉強はしていないそうなので、過度の期待はできないかと」
「なんのために呼んだの」
妙な雲行きだ。祥子は聞き耳を立てた。
「呼んでません。自薦です」
アリソン・プライスは、尋道がアストロノーツ部長付アドバイザー、神宮寺孝子の名の下に遂行した、同チームの外国籍選手獲得活動において、助力を仰いだ相手だ。くだんの自薦は、彼女との連携の過程で出てきた、という。
「アリソンは、なんて?」
「アリーは、LASU――レザネフォル州立大学の出身なんですよ。ミス・クラウスの後輩ですね。年齢の差があるので同じチームでプレーした経験はありませんがね」
同窓の先輩が、同胞の先達が、「機械仕掛けの春菜」への、全日本女子バスケットボールチームへの、雪辱に燃えていることはアリソンの耳にも届いていた。かなうなら自分も、彼女と共に戦いたい。母国の覇権奪還に貢献したい。
「ただ、自分は、もう、シェリルの役には立てない、とアリーは言うんですね。前のユニバースの時点で、いっぱいいっぱいだった、と。ミスとスーには押し込まれるし、『エクス・マーキナー』には、まるで歯が立たなかったし、で」
故に、シェリルの随行は後進たちに託す。そして、自分は彼女たちの礎となるべく、全日本の研究にまい進する。ケイティーはシェリルの挑戦を後援していると聞いた。厚かましい願いとは思うが、自分の活動も後援してはもらえまいか。
「そんな頼まれ事をされておいて、アストロノーツに放り投げたの?」
折しも車は赤信号で停車した。尋道は、先ほど買った茶で喉を湿らせてから応じた。
「まさか。そんなわけないでしょう。そもそも、後援といっても、アリーの要望は非常にシンプルでしてね。日本での住居の紹介と、あと、アストロノーツさんに接触できるよう手配を、と。たった、これだけ。後は自分でなんとかするそうで」
といって、と尋道は言葉を継ぐ。
「ケイティーの名を出された以上、この僕が、では、そのように、なんて済ませるわけにはいかないんです。絶対に、ね」
人生意気に感ず、を地でいく孝子だ。その名をかたった自分の行動も、彼女に準拠したものでなくてはならないはずだった。アリソンの熱情にふさわしい待遇を、アストロノーツより引き出した上で迎える。これである。
「当たり前ですが、アリーはコーチなので、あらゆるシチュエーションでアストロノーツさんと接触できます。住まいからして選手寮ですしね。さらに、アリーの年俸は、ルイス選手とヒメノ選手よりも上の額としました。どちらが、と聞かれれば、『ビッグガード例外条項』より、こちらのほうが、はるかに骨折りでしたが、取りあえず、やっておきましたよ」
交わされた右手と左手のハイタッチを眼前にして、祥子は思う。あうんの呼吸でも、つうかあの仲でも、字面はなんだってよい。いつか自分も、あの境地に至り、真からカラーズに染まりたい、と。
高級車は、あくまで静粛に、前へ、前へ、進んでいる。舞姫館への道程は、半分を過ぎつつあった。




