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未知標  作者: 一族
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第六六二話 羅針儀(一一)

 舞姫館へ向かう車内での配置は、運転を尋道、助手席に孝子、その後ろに祥子、となった。高級車の後部座席は、乗り心地も格別であったが、今はそれどころではない。おそらく開始される争議に際しての振る舞いだった。孝子の口ぶりから察するに、どちらかといえば招かれざる存在の祥子である。なんとか二人のやりとりに関与するつもりのない旨を主張できないものか。

 そうだ。祥子は思い付いた。イヤホンを使えばよい。上司たちと同席中といっても、時と場合によりけりとなる。きっと察してもらえるはずだ。行きがけに着けてきたイヤホンを再登板させる。

「そんな気を使わなくてもいいですよ」

 耳にイヤホンをはめかけた祥子の元へ、運転席から笑い交じりの声が届いた。

「どうしたの?」

「いえ。高遠さんがイヤホンを着けようとされていたので。そこまでしなくても、と」

「ふうん」

「で、なんでしょう?」

「それは、こっちのせりふ。何が気に入らなかったの?」

 あの時だ。春菜が伊央にトレーニングを指導するため渡英するうんぬんの時だ。孝子も尋道の表情の変化を見逃していなかったようであった。

「ああ。あれ。思わず顔に出してしまいましたが、気付かれましたか」

「気付いたよ。で、何?」

 つっけんどんな口調は、自らの意に応えた相手へ異を唱えた相手を責めるものなのだろう。同時に得心がいった。孝子の分乗案は伊央への配慮だったのだ。北崎春菜は伊央健翔の片恋の相手、という。彼女を巡る言い合いなど、見せられるはずもない。

「お答えする前に、確認したいことがありまして。北崎さんと連絡を取りたいんですよ。高遠さん。運転、交代してください」

 道すがらのコンビニで運転手の交代が行われた。後部座席に回った尋道は、まだお休みになっていないとは思うんですが、とつぶやきながら、スマートフォンを操作する。時差を考慮すると、アメリカは夜中だ。

「あ。夜分遅くにすみません。郷本です」

 春菜は起きていたようだ。あるいは、電話のコールで起こされたか。

「早速ですが、北崎さん。神宮寺さんから伺いましたよ。伊央さんにトレーニングをつける、という話。イギリスにも行かれるとか」

 しばし現状の確認が続いた。尋道が気にしているとおぼしき事項は出てこない。

「ところで、北崎さん。舞姫は、どうされるおつもりですか? バスケとサッカー、シーズンがかぶりますよね。で、日本リーグの規約に参加義務規定があるでしょう。試合やら、イベントやらの」

 祥子と助手席の孝子がうめいたのは、ほぼ同時だった。尋道の懸念は、それか。言われてみれば、そのような規定があったような。

 尋道と春菜の通話は続いている。

「短期間での往復は、いくらあなたでも厳しいと思いますが。いえ。構いませんよ。むしろ、カラーズの一員としては推奨される判断です。ぜひ、そちらを優先してください。で、ですね。この件を知っているのって、北崎さん、我々、伊央さんたち、だけですか? ほう」

 尋道のトーンが改まった。具体的には、ほう、が野太い。

「では、お願いがあります。神宮寺さんに頼まれた、と絶対に言わないでください。ご自身のキャリアアップのため、でもいいですし、カラーズのため、でもいいです。理由は、お好きに決めていただくとして、あくまでも自分の考えである、と。え? そりゃあ、あの方に苦言とか、やめてほしいからですよ。発言者が、ね。ずたぼろにされるのは、自業自得なので、知ったことではないんですが、来るでしょう、余波。困るんですよ。いや。いますよ。正村さんとか、静さんとか」

 孝子は失笑している。その二人なら、という肯定なのだろう。

「お願いします。どうしましょうか。手続き一切、こちらでやりましょうか? あなたも、なかなか口さがないので、できたらご用命いただきたいわけですが。はい。はい。わかりました。では、取り急ぎシナリオを書いて、お送りしますよ。はい。よろしくお願いします。おやすみなさい」

「詐欺師!」

 通話の終了と同時だ。笑い交じりに孝子が尋道をなじる。

「なんとでも。以上、お聞きのとおりですが、だいたい、わかりましたよね?」

「そうね。ただ、だいたい、だから、わかってない部分もある」

「伺います」

 孝子が問うた。カラーズの一員として推奨される判断とは、なんぞや、と。

「ボスのリクエストに対して、全力をもって当たろうとしたことです」

 しかり。次だ。結局、春菜は舞姫を辞めるのか。

「はい。辞めます」

「で、最後は君の策謀で、一件落着、と」

「そうなる予定です。骨折りのかいがなくなりそうなのは、いささか残念ですが、まあ、仕方ない。忘れましょう」

 嘆き節が出た。祥子は想像してみる。切れ味鋭い上司が、骨折り、と表現したほどの内容を、である。定めし困難な作業だったのだろう、と思う。大いに気に掛かるものの、祥子は、ただすことのできる立場にない。待つしかなかった。先ほどより待ってばかりだが、待つしかなかった。果たして。

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