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未知標  作者: 一族
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第六五六話 羅針儀(五)

 オムレツに、スクランブルエッグに、ゆで卵に。卵料理だけで何種類、食べるつもりだ。ソーセージが特盛りならサラダも特盛り、フルーツだって負けていない。グラノーラの入っている容器は、どんぶりか? 孝子は春菜と伊央が運んできたトレイを見て、思わず目を背けていた。見ているだけで胸が焼けるようだ。

「汚いものを見るみたいな目をするなよ」

 伊央が鼻を鳴らす。

「いや。胸焼けしそう、って思っただけ」

「まあ、それで足りるんなら、こっちを見たら、そうなるだろうな」

 サラダ、フルーツ、ヨーグルトにコーヒーと四点で収まっている孝子の朝食に対する伊央の寸評だった。

「こんなの、かわいいよ。郷本君なんて、本当に、食べねえ。かといって、病的に痩せ細ってるわけでもなし。不思議な男」

 陰口に、海を越えた日本の地で尋道氏がくしゃみをしたか、どうかは、定かではなかった。

「お姉さん、すぐに終わりますので」

 食べる勢いの差も量の多寡を覆すほどではなく、春菜と伊央は食後のコーヒーに移った孝子を前にこうべを垂れる。

「いいよ。ゆっくりで。もしくは、私が勝手にしゃべってるから、食べながら聞くとか。うん。そうしたら? あせって、舌をかまれたりしても、困るし

「わかりました。では、お言葉に甘えて、ゆっくりといかせていただきます」

「オーケー。おはるは、サッカー、見た? イオケンが出てたやつ」

「はい。運が悪かったですね、組み合わせ次第では、決勝までは行けたでしょうに」

 準決勝でイギリスと当たったことが不運、という論調だった。

「サッカーはバスケと比べると、アップセットの起こりやすい競技といいますが、だとしても、一〇〇回やったら九五回は負けか引き分けで終わりそうなぐらいの差はありましたね。どうです?」

 春菜は隣の伊央を見た。

「それぐらいの差はあったな。イギリス強いわ。リーグでは、割とやれてるつもりでいたけど、周りに生かされてるだけだったんだな、って」

「奥村さんに三下り半を突き付けられるのも、納得ですね」

「ああ。それ」

 おあつらえ向きに、春菜が話題に上せてくれた。利用しない手はなかった。

「紳の字の三下り半って、実は、私のせいかもしれないんだ」

 目の前の二人が同時に目を見張った。

「最近、サッカーにはまっててね。サッカーじゃなくて、紳の字のプレーか。神懸かってるでしょう? 見てて、楽しくて。で、さ」

 日本代表は、もういい。切り替えて、ベアトリスFCでのプレーを頑張ってくれ、と言ったところが、あの始末だ。

「なんだ。おケイのせいか」

 言葉とは裏腹に伊央の笑顔はさっそうとして、一点の邪気も見受けられない。つくづく快男児である。

「悪かったよ。埋め合わせはするよ」

「ええ? いいよ。言われて当然の出来だったし」

「イオケンの、そういう潔いところは、好きだよ。おはる。お願いがある」

「はい」

「前に、この人に、運動能力の稽古をつけてあげたことがあったでしょう?」

「はい。今でも、間接的に続けてますが」

 春菜が舞姫のSNSで展開しているトレーニング動画の視聴を通じて、という。

「ああ。ボールの上であん馬をやったやつか。あれ、まだやってたんだ」

「ええ。地味に」

 孝子は一思案となった。間接的とはいえ、稽古を続けていて、あの体たらくなのか、である。

「おはるー」

「なんでしょう?」

「紳の字を通じてイオケンをこけにしちゃった気がして、申し訳なくて。おはるに、この男を、紳の字もうなっちゃうような選手に鍛えてもらおうと思ってたんだけど」

 一息、置く。

「見込み、ある? 正直に言うと、間接的でも稽古を続けてて、あんな程度か、って思った」

「今のままでは、ありません」

「二人ともはっきり言うなあ」

 愉快でたまらない、といった風情で伊央はにやにやしている。

「直接指導ですね。それで、奥村さんをうならせるぐらいの選手には、鍛え上げてご覧に入れましょう。ただし、お姉さん。その先は無理です。先ほど、お姉さんは奥村さんを、神懸かった、とおっしゃっていましたけど、まさにサッカー神みたいな方ですので。一方の、伊央さんは人間です。逆立ちしても、あの領域には届きません」

「だってさ」

「え? 悪い。聞いてなかった。そんなことより、おケイ。おはるちゃんとのマンツーマンだぜ? よくやってくれたよ。MVPだよ」

 それでこそ、と思う。思いがけず転がり込んできた吉事に、ほくほく顔となっている伊央健翔氏に幸あれ。

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