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未知標  作者: 一族
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第六五五話 羅針儀(四)

 孝子と伊央がロザリンド国際空港に降り立ったのは、東京空港をたって後、おおよそ二二時間が過ぎた現地午前零時半のことだった。長大な移動時間は、ファーストクラスへの搭乗に固執した結果、トランスファーの待機が七時間超となったため、である。

「うわあ」

 夜更けの到着ロビーで二人を迎えた春菜が、そのまま後ずさっていく。猛烈な低気圧の存在に押された、という体なのだ。そう。孝子は怒っていた。自業自得だのに、怒っていた。

「おはるちゃん。助けてよ」

 すがろうとする伊央を尻目に春菜は後ずさり続ける。

「嫌です。こっちに来ないでください」

「おケイったら、すっと怒ってるんだよ」

「そうなるだろうと思ってました」

「いちゃつくな」

 一夜が明けても孝子の低気圧は勢力を維持していた。

「イオケン。次は一人で来い。私は二度と来ないぞ」

 モーニングで再会した際に発した第一声からして、この内容だ。

「お姉さん、そんな」

「なんだかんだで、おケイの案内、的確だったしなあ。次も頼むよ」

「うるせえ」

 窓際の予約席に通されても、孝子は顔を外に向けて、同席者たちには目もくれぬ。

 わかっている。誰、といって、紛れもなく悪いのは自分なのだ、が。自戒や自省というやつ、なかなかうまくふに落ちてくれないもので。

 ターミナルビルに直結したホテルからは滑走路が一望できた。アメリカでも有数の巨大空港は、午前七時にしてフル回転状態に入っているようだった。右へ、左へ。左へ、右へ。昇って、降りて。降りて、昇って。晴れた空の下、機影は激しく往来する。孝子は、ぼんやり、それらを追う。いつしか、無心になる。ささくれた心は平静へと返っていく。

「……じゃあ、次はビジネスジェットにしろ」

 孝子はにやりとして伊央を見た。

「そしたら、付き合ってやる」

「おお。いいぜ。ここまでだと、いくらぐらいするんだ?」

 今こそ低気圧を一気に消滅させる時、とみたのだろう。伊央が身を乗り出す。

「さあね」

「少なくとも五〇〇〇万ぐらいはかかるみたいですよ」

 検索したのだろう。スマートフォンを片手に春菜が言った。途端に伊央がくずおれる。

「おケイ。すまん。五〇〇〇万は、俺には無理だ」

 言い出しておきながら、孝子も、無理、と思った。とはいえ、この流れは契機となり得る。継続させるべきだった。

「うるせえ。それぐらい、余裕で払える男になれ。おはる」

「はい」

 にわかに改まった声色を聞いて春菜の背筋が伸びた。

「私が、この男に付いてきたのは、他でもない。おはるに頼みがあってね」

「なんでしょう?」

 続けようとしたところで孝子は聞いた。盛大な、腹の鳴動音だ。二人を見ると、まず春菜が首を振り、次いで伊央が手を上げた。

「悪い、悪い」

「なんですか、いやしい」

「だって、もう、入って一時間ぐらいたってるんだぜ? さすがに腹だって鳴りたくもなるよ。そろそろ飯にしようぜ」

 そんなに長い間、自分は、ぼけっと、外を見ていたのか。

「うん。なあ、おはるちゃん」

「はい」

 証言が、出そろった。

「失敬。あんまり居座ってると、レストランにも迷惑だね。ここは、朝は、ビュッフェ?」

「そうです。お姉さんはコンチネンタルで、私たちはアメリカンにしましたが、よかったですか?」

 活動量の低い孝子にコンチネンタルブレックファーストを、活動量の高い二人はアメリカンブレックファーストを、という選択は適宜だった。

「よいよ。じゃあ、話は取ってきてからにしようか」

 朝食を得るため、三者が三様に動きだした。あっという間に取りそろえたコンチネンタル孝子に対して、アメリカン春菜と同伊央が、帰ってこないこと、帰ってこないこと。まさしく、失敬をした、と孝子は、かなたで競い合うようにトレーを埋め続ける二人に黙礼を施すのであった。

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