第六五〇話 週末の騎士(二五)
その日、その朝、東京空港のビジネスジェット専用ゲート、プレミアムゲートトウキョウに奥村を出迎えるのは孝子と尋道だ。尋道たっての願いで孝子は送迎に参加していた。他の参加者は、厳に断ってくれ、と言われていたので、こちらも忠実に守っている。どういう所存かは知らぬが、彼のそこまで言うことだった。従ってやろう、と黙認である。
「紳ちゃん、おはよーう」
ターミナルビル内のロビーにて奥村を迎えた孝子は、午前五時という時刻にもかかわらず生気に満ち満ちていた。隣の尋道の加減も悪くない。前回、同施設を訪れた時と同じく、前夜から近隣のホテルに入り、それぞれ体調を整えていたためとなる。
「おはようございます」
青いポロシャツ姿の奥村が駆け寄ってきた。合流はなり、三人はすぐさま移動の車に乗り込む。
「ラジオ、つけてもいいですか?」
運転席の尋道が言った。
「何を聞くの?」
「サッカーを」
日時的に考えれば日本代表の三位決定戦あたりか。
「いいけど。紳ちゃんは?」
「構いませんけど、こんな時間に、なんの試合ですか?」
「これだよ」
失笑した孝子だったが、見れば隣の尋道は満面に笑みを浮かべている。我が意を得たり、と、その表情が見えたのは気のせいか。
「何を笑ってるの」
「いえ。つい先日まで一緒にプレーしていた人たちを、もう忘れているなんて、さすがの天才っぷりに感服しまして」
「ラジオ、つけるよ。どこ?」
「国営AMです」
チャンネルを合わせると、試合は既に始まっていたようで、実況氏、解説氏による、熱い掛け合いが車内を満たす。
「ボリューム、下げていただけますか」
「うん。うるさいね」
「出しますよ」
車が動きだした。舞浜市北区双葉の「双葉の塔の家」に向けて出発する。
「あ」
早々に、である。実況氏、苦悶の叫びだ。日本代表が先制された。
「二人とも、聞いてください」
契機とみたのだろう。おもむろに尋道が語りだしたのは、過日、舞浜F.C.クラブハウスで、氷室と丁々発止、やり合った内容であった。
「やっぱり、そんな悪巧みを。紳ちゃん。この男は、とにかく策が多くてね」
「はあ」
「用意周到と言ってもらえませんかね。で、今の話を踏まえた上で、お二人にお願いがあるんですが。一朝有事の際には善処していただきたいな、と」
「何か起こると思ってる?」
「実は、あまり。でも、当たれば大きい、と思いますので、いかがでしょう」
大当たりとやらの見込みを、孝子はさらにただしてみた。いわく、孝子の元に、方面から奥村への口利きが請願されることによって事態は動く。動きだした事態を激化させるのは尋道の役目だ。条件闘争を行い、奥村が絶対王政を敷く日本代表を結成させる。仕上げに、奥村が彼のチームでもって世界選手権を制し、大団円、となる――。
「そううまくいくかね」
「どうでしょうね。日本のサッカー界が奥村君の天才を、どれだけ評価するか、に懸かっていますが。バスケ界が北崎さんに抱いている畏敬の念と比べると、若干、薄いような気がするので、ご指摘どおり、そううまくはいかないかもしれません」
「そのときは、どうするの?」
「どうもしません」
そもそも縁遠かった世界だ。奥村を失ったサッカー界が、どうなろうとも、こちらの日常に変化は訪れ得ない。
「道理だね」
ここに来たこと自体、尋道を信頼してこそ、だ。引き続き、従おう。そして、孝子が、是、としたからには奥村も追従してくる。
鬼が出るか蛇が出るか。今日の合意を記憶の片隅にとどめておくとする。




