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未知標  作者: 一族
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第六四七話 週末の騎士(二二)

 率直な感想を述べるなら、好き勝手に吹いてくれた、となる。孝子の大暴れに対する尋道の感想だった。ただ、もはや布石どころではなくなったとて、直ちに逃げを打つのも芸がない。ひとつ起死回生の策、講じてみようではないか。

「氷室さん。どうされます? 勝敗いずれにせよ、世界選手権のベストフォー監督が、このタイミングで退任される確率は極小ですが」

 つまり、氷室の日本代表監督就任も、確率は極小、といえるのだ。尋道の使命が困難を極めるゆえんであった。

「そもそもそんな気はない」

「なら、結構です」

 深く、深く、氷室が息を吐いた。

「郷本君よ。君からとりなしてはもらえないかね」

「無理ですね。あの天才が言ったことですし」

「いや。奥村に、ではなくて、神宮寺さんに、だ」

 引っ掛かった。あえて個人名を出さなかった狙いが的中した。

「いえ。奥村君の話、ではなくて、神宮寺さんの話、です。奥村君も、なかなかの天才ですが、あの人も、かなりのものです。故にこそ同気相求める。奥村君が一目も二目も置くわけ、と」

 一息ついて尋道は言い継ぐ。

「奥村君だけじゃありません。カラーズには他に野球とバスケの天才がいますけど、あの二人も神宮寺さんにだけは素直に従いますよ」

 実際は孝子、幼なじみの夫というだけの野球の天才、川相一輝とは没交渉なのだが、いいのである。どうせ氷室は知る由もない。天才の威力を、吹いて、吹いて、吹きまくって、目くらましに用いようと尋道はしている。

「だったら、なおさら、彼女を説き伏せられないかね」

「無理です。氷室さん。天才とは度し難いもの、と覚えておいてください。こちらの事情や都合なんて歯牙にもかけませんよ」

「……君も苦労しているんだな」

「いいえ。先ほど、申し上げたように、馬なりでいいんです。苦労なんてひとつもありません」

「しかし、それでは、例えば、今回みたいなときには、どうする?」

「諦めます」

 あぐねた様子で氷室は上体を反らし、視線を天井へと向けた。

「君は、それでいいのかもしれないが、こっちは、そう簡単にいかないさ」

「いきますよ。天才は、動くための条件を、既に提示してきたじゃないですか。ですが、あなたは、その気はない、とおっしゃった。とくれば、もう、諦めるしかないですよ」

「話にならんな」

「話にならないのは、あなたのほうです」

 本腰を入れる。

「氷室さん。あなた、天才を、一風変わった人、程度にしか思っていないでしょう。そんな甘っちょろいものですか。別の星からやってきた、言葉も、文化も、全く違う生命体。これぐらい身構えてかからないと駄目な相手なんですよ」

「じゃあ、どうしろ、っていうんだ」

「どうにもなりません」

 ひどい渋面の末に、氷室は何かを思い付いたようだった。

「奥村の、お母さんに相談してみるか」

 おあつらえ向きの話題といえた。そろそろ仕上げにかかるとする。

「奥村君、有名になるにつれ、ご自宅への取材やら突撃やらが出てきだして、お母さまに迷惑を掛けるようになった、と、ひどく気にしてましてね。というのも、奥村君のお母さま、とてもシャイでいらっしゃって。なので、今は、屈強のディフェンダーに、お母さまを守らせているんですよ」

 サッカー選手が相手である。サッカー用語を混入させつつ、とどめだ。

「あ。ちなみに、その、屈強のディフェンダーとやらは、僕なんですがね」

 天才たちに、思う存分、才能を発揮してもらうことこそ、カラーズ合同会社のマネジメント事業部を率いる自分の役目なり。

「絶対に、取り次ぎません」

 大見得を切って尋道は、最後にグラスの氷水を空ける。天才の無軌道を知らしめ、かつ端倪すべからざるふうの自分を誇示した。何か、が起きる確率は、決して高くない。ただ、ひとたび事が起きたときには、今のやりとりが、関係者の脳裏に浮かんでくるであろう、と期待されるのである。

 果報は寝て待つ、と、その前に、だ。天才に、思う存分、才能を発揮してもらうための一手を打ちに行かねばならない。屈強のディフェンダーの一日は、長くなりそうであった。

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