第六四四話 週末の騎士(一九)
懐かしい、というべきか。旧知の顔が舞浜F.C.のクラブハウス前にいた。尋道の隣にいたのは、スポーツキャスターの小早川基佳だ。待ち合わせと取材が、かち合ってしまったようである。
基佳は髪にパーマをかけたのか。ボブに強めで、ちりちりに見える。もう少し緩めにすればよかったのに。尋道が顔に浮かべているのは愛想笑いとみた。奥村の話題で絡まれ、辟易としているのだろう。駐車スペースに車を収めてから、二人の眼前までの間で、孝子が見て取った情報は、これだけとなる。
「久しぶり」
「ご無沙汰してますー」
一年ぶりぐらいに聞く声だった。そういえば、この女と疎遠になった理由も奥村絡み、と孝子は思い出していた。
「郷本君。参ってるるみたいだけど、紳ちゃんの話題?」
「ええ。小早川さん、大層、ご立腹で」
「御社の契約アスリートを悪く言うのも気が引けるんですけど」
「じゃあ、言うなよ」
基佳を詰まらせておいて、孝子は続ける。
「天才に常識は通用しないよ」
「でも、チームスポーツだよ?」
「それが、どうした」
「まあまあ」
不穏な空気の漂いだした場に尋道が割って入ったきた。
「小早川さん。僕たちは氷室さんとのミーティングがあるので、これで。取材、頑張ってください」
「あ。待って。奥村君のことでしょう? 私、同席できないかな?」
尋道は交互に孝子と基佳の顔を見比べている。
「もめないでくださいよ」
「私に言うな」
「小早川さん。この人に吹っ掛けるのは、よしてくださいよ」
「しないよ。そんな」
「では。本当に、くれぐれも、お願いしますよ」
三人がクラブハウスに入ったのと、氷室がロビーに姿を現したのは、ほぼ同時だった。
「やあ。わざわざ、悪かったね。二人も、一緒に?」
「僕は、そうですが、小早川さんとは、たまたま」
「氷室さん。カラーズさんとのミーティングに、私も同席してもいいでしょうか? カラーズさんの了承は得ています」
「そちらが構わないのなら、俺の側に拒む理由はない」
「おっさんは、もう、クールダウンは終わったの?」
孝子は問うた。
「ああ。飯はまだだけど」
「また、ただ飯を食べさせてもらおうかな」
「神宮寺さん。ミーティングは?」
基佳の声を、孝子はさらりと受け流す。
「そんな深刻な話でもないでしょう」
孝子の意見が通り、食堂へと移動する途中だ。
「そういえば、もっさんは、世界選手権の取材には行ってないの?」
小早川基佳は、『バスケットボール・ダイアリー』誌、日本放送公社、舞浜ケーブルテレビ、以上三社が連合して結成した「小早川組」なる取材チームの顔役だったはずだ。
「行くもんか。結局、あのチームで私が求められていたのは、奥村君とのコンタクトだから。でも、私は、あの人が嫌いなの」
奥村紳一郎が、いわゆる「移籍金」を、当時、所属していた舞浜F.C.に残すことなくチームを離れた件に起因して、基佳は彼を、忘恩の徒、と軽蔑し切っている。
「もっさんを見てると、ジャーナリストは取材対象に対して、必要以上の愛憎を抱かないほうがいいんだな、ってわかるよね。せっかく、あの天才が口を利いてくれる立場にいたのに、棒に振っちゃって」
「いいよ。あんな不義理な人とは、口を利けなくたって」
「不義理、ねえ。紳の字は、もっさんが言うほど、F.C.さんに恩を受けてない、と思うけどね。子供のころは、ユースチームの会費という形で対価を支払っていただろうし、長じては、プロとして出した結果で対価を支払ったよね。ほら。差し引きゼロじゃない」
「ゼロじゃないよ! 選手一人を育てるのに、いくらかかると思ってるの!?」
視界の尋道が天を仰ぐさまが見えた。といって孝子は自重したりはしないが。
「知るか! ああ。そうだ。いいことを思い付いた。聞いてみればいいんだよ! F.C.に! 紳の字を育てるのにかかった金と、紳の字がF.C.にもたらした金の、どっちが多いか! なあ!」
食堂の間近で炸裂した重低音だ。すわ、大事か、と食事中だった選手たちが飛び出してきた。
衆目の中、孝子は基佳の顔から視線を外さない。まばたきすらせずに、今や基佳の顔色は蒼白を通り越して、土気を帯びつつある。それでも、孝子は基佳の顔から視線を外さない。まばたきすらせずに、




