第六四〇話 週末の騎士(一五)
午前五時半の目覚めは、孝子にとって揺るぎない習慣である。ちょっとやそっとの夜更かしでは崩れない。そのようなわけで、サッカー日本代表チームの準々決勝を見届けた翌朝も、孝子は普段どおりの時間に覚醒した。
起き上がろうとして、孝子は思い直した。気楽な外泊先なのだ。慌てて起床する必要はなかった。存分にまどろむとする。
五分、一〇分、とたつうち、いつか孝子の脳裏に浮かんできたのは、今朝未明に起きた三人衆とのやりとりだった。孝子が寝入ろうとした矢先に届いたメッセージで、連中は口々に、次、そのまた次への進出をうたっていた。確かに、彼らなら有言実行してのける気がする。そう考えた孝子は、見てつかわす故に必ず勝て、と、これまた大上段のメッセージを送り付けたものだ。
孝子は枕元に放っておいたスマートフォンを手に取った。確認したところ、サッカー日本代表チームの次戦、準決勝は三日後に開催されるそうな。開始時刻は準々決勝の午前零時半から午前五時へと遅くなっている。SO101入りは今回と同じころとし、一寝入りの後に観戦する。これが自然な流れだろう。
考えのまとまった途端に眠気が催してきた。再度、言う。気楽な外泊先なのだ。誰も孝子の二度寝を阻む者など、いない。はずだった。
「ケイちゃん!」
体を揺すられ、孝子ははっと目を開いた。那美、景、佳世の顔があった。なぜ、いる。夜半、行き先を告げないままの外出と、SO101に、突如、出現した大型テレビとを結び付けたか。
だが、そんなことは、関係ない。
「勝手に入ってくるんじゃねえ!」
がばっと起き上がるや、怒鳴り散らす。
「勝手に、って。ここ、SO101だよ」
「それが、どうした! だいたい、ずうずうしいんだよ! カラーズの人間でもないくせに、わが物顔で出入りしやがって!」
そこへ、
「大きな声を出して、どうされました」
尋道がSO101の入り口から顔をのぞかせていた。ちょうど出社してきたのである。
「いいところに来た。郷本君。こいつらが、今後、ここに入れないようにして」
「わかりました」
抗議の声が上がるも、黙れ、と一喝して鎮める。
「すみませんでした。ねだられるままに登録したのは僕でして」
背を向けたままで尋道が言う。SO101の扉に向かい、デジタルキーを設定しているのだ。
「いい気になって入り浸るのが悪い」
「そうですね。設定、終わりました」
「ありがとう。金輪際、来るなよ」
「ちょっと。ケイちゃん。私たち、お昼、どこで食べればいいの」
「知るか。そろそろ講義でしょう。とっとと出ていけ」
不平たらたらの様子で大学生たちは去っていく。
「せいせいした」
寝具の上であぐらをかいて孝子は吐き捨てた。
「そんな気さくな姉ちゃんではないのにね」
「そうさ。その点を勘違いしてるやつばかりさ。やっぱり、郷本君だよ。他の追随を許さないよ」
「回りが勝手に転んでるだけですよ」
尋道は喉の奥を小さく鳴らした。
「だとしても、一等賞は一等賞。やあ。とにかく、これで次も落ち着いて見られる」
「お気に召しましたか」
孝子、無言で敬礼する。
「それ、騒ぎになってますね。奥村君、あの手のパフォーマンスは、一切、やらない人で。それどころか、味方がゴールを決めても称えもせず、さっさと自陣に帰っていくのが常なんですが」
微弱な間ができた。
「もしかして、あなたに向けてやってたんですか?」
「そうよ」
「いいですね。神宮寺さん効果だ」
「関係ないよ」
「いやいや」
片頬笑んでいた尋道が、やにわに表情を改めた。
「仕事を始めたいので、起きていただいても?」
「失敬、失敬」
孝子は立ち上がった。
「この格好で外に出たら、変かな?」
スエットを指して、問う。着替えが面倒になり、このまま帰宅するつもりになっていた。
「へたってもないですし、問題ありませんよ」
「ほい。あ。寝床は、置いていったら、邪魔?」
「大丈夫です。準決勝も、こちらで楽しんでください」
手早くて結構だ。尋道の言動は、いつも孝子の意に沿う。打てば響く、の適例といえた。先ほどの無粋な連中とは、まるで違う。
こうして一等賞との合縁奇縁を再認識した孝子は、ご機嫌で帰途に就いたのであった。




