第六三八話 週末の騎士(一三)
案内されたミーティングルームは、クラブハウス一階の西端にあった。食堂とは面対称の位置となる。選手ならびにスタッフ一同が集う部屋だけあって、こちらも、広い。四〇帖は、ありそうだ。
「いいの? こんな部屋、部外者に使わせて」
言いつつも、孝子は既にワークテーブルに着いている。前面の壁に据えられた大型モニターの真正面という特等席だ。
「この時間は予定ない。いいよ」
モニターの傍らで用意の機器を操作しながら氷室が応じた。
「それに、どうせなら大きい画面で見たほうがいいだろう?」
「まあね」
「始めるよ。まずは、うちにいたころのやつだ」
DVDの再生が始まった。若かりしころの奥村がモニターに映った。
「若い」
孝子、大笑だ。
「笑うところかい?」
「最近は、あの人って、美形にすごみが加わっちゃって、かわいげがないでしょう? このころは、まだ、あか抜けなさというか、あどけなさが残ってて」
「美形にすごみ、といえば、君もなかなかのものじゃないかい?」
賛辞に、孝子は両の手のひらで両の頬を包んでみせた。無論、照れたりするような玉ではない。
「それほどでもあるー」
「謙遜しないね」
「度の過ぎた謙遜は嫌みのごとし、ってね」
話している間にも映像は移り変わっていく。奥村の、素早く、滑らかなドリブルに、孝子は感嘆の声を上げた。
「紳ちゃん、いいね。見ていて、惚れ惚れする。人としては駄目なやつだけど、サッカー選手としては神々しい」
「じゃじゃ馬。口が悪いな」
「事実でしょう。そうだ。待ってる時に外を見てたんだけど」
「うん」
「氷室さん、いなかったみたいだし、言うよ。みんな、下手だね。よく外す」
疾く見物をやめたシュート練習についての感想である。ゴールキーパーに止められるのは、仕方ない。相手のあることなのだ。しかし、ゴールポスト、その枠外、というのは、どうなのだ、となる。論外ではないのか、となる。
「やったことがないから、わからないんだろうけど、意外と難しいんだぜ?」
擁護など孝子は聞かない。必殺のカウンターアタックを放つ。
「紳ちゃんは、どうだった?」
「奥村、か」
と言ったきり、氷室は絶句だ。
「あいつは、外さないな。記憶にない」
「ほら、ほら、ほら」
我が意を得たり、と孝子は大はしゃぎだ。
その後も奥村の絶技を堪能した孝子は、ご機嫌で舞浜F.C.のクラブハウスを辞した。次に向かった先は舞浜大学千鶴キャンパスだ。アルバイトに備えての行動だが、午後五時からの開始に対して午後三時四五分の到着は、やや早い。SO101で油を売る。
「おいっすー」
SO101に在室した尋道は、眉間にしわを寄せている。
「何か、いいことでもあったんですか?」
「あったのさ。眼福を得てきたの。紳ちゃんのプレー集。F.C.とベアトリスの。氷室さんに探してもらってね」
ようやく得心したようで、尋道は首を縦に何度も打ち振った。
「うま過ぎて、痛快」
「その勢いに任せて、世界選手権もご覧になっては、いかがです?」
「サッカーの試合を見たいわけじゃないんだよなあ。ただただ、紳ちゃんの、すっごいうまいプレーを見たいだけで」
「奥村君ほどではありませんが、伊央さんと佐伯君も、いいですよ」
「ふうん」
諸事に興味関心の薄めな孝子が、珍しく、一事に熱中している。ならば、助長してみるのも、カラーズにとって好事となり得るのではないか。SO101に視聴環境を調える、とまで言って尋道がサッカー世界選手権の視聴を勧めてきた裏には、そんな事情があった、と孝子が知るのは、少し先のこととなる。




