第六三六話 週末の騎士(一一)
サッカー日本代表チームの話題がちまたを騒がせているようだ。孝子が契約している電子新聞の紙面に、彼らの名が散見されるようになってきた現実からの判断となる。政経を主たる取扱品目とし、スポーツの扱いがぞんざいなやつにすれば、異例といっていい。
ただ、考察してみれば、当然、か。予選リーグの三試合を、三連勝、得点が一二に対して失点は〇という、圧倒的な強さで駆け抜けたサッカー日本代表チームの存在感は、メジャースポーツの強みも加味すれば、立派な時事になり得る。政経の分野にだって割って入ってこよう。
奥村だった。記事には必ず、彼の名があった。あらん限りの賛辞で活躍が称揚されていた。さながら神をあがめ奉るがごとし、だった。奥村は達者だ、という認識は、ある。にしても、そこまで言い募るほどなのか、とも思う。そういえば孝子は、しげしげ見たことがなかった。奥村紳一郎のプレーぶりを、だ。少しく興味が湧いてきていた。どれ。ちょいと検分してみるとしようか。
結論から述べると、孝子は圧倒された。奥村のプレーぶりは他を超越した次元にあった。神に擬したくなる気持ちも理解できた。こうなってくると、ひとかたならず興味が湧いてくる。孝子が検分した映像は日本サッカー連盟謹製の、サッカー世界選手権予選リーグGグループ総集編であったが、さらに、より広範に、奥村の神性を拝んでみたくなった。
早速、孝子はインターネットで奥村のプレー映像を探した。しかし、どうも、よろしくない。見つかるのは著作権を無視した代物ばかりだった。たまに公式の映像があっても、余計なおまけ付きで、なえる。下々のプレーだ。いらぬ。孝子は奥村のプレーだけが見たかったのである。
この際は専門家を頼るべきだろう、と孝子は思い定めた。舞浜F.C.に所属するプロサッカー選手の氷室勝成だ。かつて奥村のチームメートだった男は、カラーズと提携して評論家活動を行っており、渡りをつけやすい相手になる。
「奥村、だけ、か」
受話器越しの声には、困惑がありありと表れていた。奥村のプレーだけを集めた映像を見たい、という孝子の要望に対する氷室の反応だった。
「サッカーが見たいわけじゃないので。紳ちゃん、うまいじゃないですか。その、うまさを、いいとこ取りで見たいんです」
「インターネットをあさったら、出てこないかい? 超絶プレー集とか、まとめてあるやつが。あいつなら、いくらでも引っ掛かりそうなものだが」
孝子は舌打ちした。
「おっさん。外で、そんなの言ってないでしょうね。あの手って、ほとんど、著作権を無視してるやつばかりじゃないの」
「う、ん」
氷室はうなった。
「これは不見識だった。ありがとう。気を付けよう」
「うん。気を付けて」
「奥村の件は、ちょっと時間をもらっていいかい? 折り返す」
折り返しの電話は、きっかり三〇分後にかかってきた。
「お待たせ。あったよ。DVDが、二本。F.C.時代のプレーをまとめたやつと、ベアトリスも、あいつ個人にフィーチャーしたやつを出してて。それ。うちのスタッフが持ってた」
ただ、と氷室は言葉を継いだ。
「ベアトリスのほうは海外版なんだ。英語は、君は、どうだったっけ?」
「いけます」
「あと、日本のプレーヤーだと再生ができないらしい。映像の形式が違うとかなんとか。俺が何を言ってるのかわかる? ちなみに俺は、よくわかってない」
わかる、わからない、以前に、DVDプレーヤーを所持していないので、日本版であろうとも、駄目である。孝子は、再度、折り返しを待つこととなった。
「うちの備品なら海外版でも見られる、って。貸そう」
骨折りしてくれた氷室に、孝子は追加情報を告げる。DVDプレーヤーを接続する先も所持していない、と。
「私、テレビを見る習慣がないので」
「ああ。でも、若い子は、そうなのかな。わかった。君、うちのクラブハウスには何度か来てるね。こっちで見るかい?」
DVDプレーヤーも、テレビも、今回の目的が達成されれば、無用の長物となるものどもだ。わざわざ購入するには及ぶまい。そう判断した孝子は、氷室の提案を、ありがたく受けるのであった。




