第六三五話 週末の騎士(一〇)
『Banneret』に関する続報を孝子の耳に入れてきたのは尋道だ。サッカー日本代表チームが世界選手権の予選リーグ突破を決めた試合の翌朝だった。北ショップでのアルバイトへと向かう直前に立ち寄ったSO101でのことである。
「神宮寺さん。『Banneret』の件、完了です」
「どうなったの?」
いわく、『Banneret』について、情報の開示は、一切、行えない、と伊央が会見で明言したそうな。騒動に巻き込まれたくない、と恐れをなした贈り主からの要望による、と。
「詐欺師の面目躍如だね」
孝子が放った仕掛け人への称賛だ。ワークデスクの対面に座り、平伏しておく。
「実際、騒動になり得る活躍ですしね。伊央さん。二試合で四得点は、今大会の得点王も狙える数字でしょう」
「サッカーの世界選手権って、そんなもので得点王になれるの?」
「一〇点、二〇点と取り合うような競技ではないですしね。六得点も取れば、かなりの有力候補になるようですよ」
「ふうん」
得点王候補は、にわかに注目を集めている、という。
「スポンサー的な意味合いで?」
「ええ。結構な引き合いがありますね」
「超大手とか」
と身を乗り出してみれば、
「超大手も、あります」
にやりと返ってくる。
「マネジメントの手数料で、カラーズ、うはうは?」
「それも可能ですけど、なんでもかんでも食い付いて、伊央さんの名を落とすわけにもいきませんしね。難しい」
精査中である、と尋道は顔をしかめて見せた。
「任せるよ」
この手は尋道に放り投げるのが最もよいのだ。
ところで、伊央以外は、どうなのか。カラーズが擁する他の二人の日本代表選手には、お声掛かりはないのか。
「奥村君は、まあ、サッカーだけでも十分に稼いでいける人なので、下手を打たなくとも、いいかな、と。佐伯君は、もう少しインパクトが欲しいですね」
唐変木の奥村は表に出さないほうが賢明といえる。佐伯は、現状、活躍不足、と尋道は分析しているらしかった。
「カラーズのために、もっと点を取れ、ってたっちゃんにメッセージを送ろうか。売り上げに寄与しろよ、ってさ」
「いいですね。あなたの、そういう言い草でしたら、佐伯君も変にプレッシャーを感じたりしないでしょうし」
賛意を得て、孝子はスマートフォンを取りだした。
「ああ。こういう場合は、むしろ、紳ちゃんのほうがいいのかな。たっちゃんに点を取らせてよ、って。あの人、うまいんでしょう?」
「うまいですね」
決めた。メッセージの相手には奥村を選定した。好き勝手に書き連ねて送ると、あっという間で返信が届く。
「イギリスって、今、何時だっけ?」
「時差が八時間なので、朝の七時半です」
起き抜けにスマートフォンを眺めていたとか、そんなあたりだろうか。
「見て。何点、取らせたらいいんですか、だって。すごい自信」
奥村からのメッセージを尋道に示しながら孝子は鼻を鳴らす。
「できるんでしょうねえ。あの人ならば。取りあえず、今の伊央さんに追い付くぐらいに、お願いしておいたらどうです? 四点、よろしく、と」
「そうしようか」
軽い気持ちで尋道は発言したのだろう。応じた孝子も、同様だった。よもや、たった一試合のうちに、しかも、予選リーグの首位を競い合う難敵を相手に、奥村が佐伯をして伊央に得点を並ばしむとは、予想だにしていなかった。
このまま伊央が埋没してしまうのは困る。大慌てでオーダーを変更する羽目に陥ったのは、いかにも笑止なことであった。天才の威力を甘く見積もるから、こうなる。




