第六三三話 週末の騎士(八)
酔狂、と称してよい振る舞いだったろう。三日連続のSO101だ。孝子は、本当に「お葬式版」を制作して持ち込んだ。メロディーがいい、という尋道の評価を受け、歌唱は省き、全て、電子オルガンで演奏したものになる。
「初めて電子オルガンの録音機能を使ったよ」
普段は生演奏至上主義を貫く孝子である。
「はあ」
朝一の珍客を、尋道は白い目で見やってくるが、動じるはずもない。
「まあ、やり方がわからなくて、剣崎さんに聞いたんだけど」
「普段はものぐさなのに、ごくまれに、やる気を見せますよね」
「褒めるなよ」
「褒めていません。せっかくなので聴かせていただきますが」
ぶつぶつ言っていた尋道だが、ひとたび『Voyage』がかかれば表情は改まる。
「いいなあ。荘厳だ。ちょっとしたミサ曲みたいになりましたね」
「いいでしょう。五〇年後、ちゃんと使ってよ」
「間違いなく。では、頂戴します」
受け渡しが終わるや、尋道は自らのスマートフォンで『Voyage』を再生した。
「情景が思い浮かびますね」
葬式のか、と問えば、応、と返ってきた。何を想像しているのやら。
「しめやかで、いい式だ」
「あとは、遺言を忠実に実行してくれる連れ合いを確保しないとねえ。あんまりもてそうにないけど、そこは大丈夫かね?」
「せっかく浸ってるのに無粋な人だな。これをいただいた以上、もうあなたに用はありませんし、帰っていいですよ」
「このやろう。なんて態度だ」
いがみ合いついでに居座っているうち、雑談が始まった。
「こちらにかかりきりだったでしょうし、ご覧になってはいないと思いますが」
「何が」
「サッカーの世界選手権の、日本代表の試合ですね」
お察しの通りだった。孝子、見ていない。さらに言えば、昨夜、日本代表の試合が行われていたことさえ把握していなかった。
「今朝の食卓で、さっぱり話題になってなかったな。うち、誰も見てなかったか」
「那美さんも、ですか? 一応、奥村君の彼女なんでしょう?」
「あの子は、サッカーなんて、どうでもいいんだよ。かっこよくて、大金持ちで、最高じゃーん、って。そこしか見てない」
「正しく、現金ですね」
で、試合はいかが相成ったのか。サッカー日本代表チームの戦果や、いかに、だ。
「三対〇で勝ちました。伊央さんがハットトリックですよ」
尋道はワークデスクの上のタブレットに手を伸ばした。
「これ、見てください。伊央さんの一点目なんですがね」
表示されたのは伊央健翔の得点シーンだ。奥村、佐伯とつながってきたボールを、ヘディングでたたき込んだ。拳を突き上げて喜びを爆発させる伊央。近寄ってきて、それを称えるチームメートたち。一見、なんの変哲もない一場面のように映るが。
「気が付きましたか?」
「何を」
「伊央さんの手に注目してくださいね」
伊央の得点シーンが、再度、タブレットの中で繰り返された。わからぬ。
「拳を握ってないでしょう」
言われてみれば、得点した後の伊央が突き上げた拳は、握り締められておらず、角度も、水平に近くなっていた。わかった。旗印を持っている体なのだ。
「お。イオケン。バナレット騎士になってるじゃん」
「ええ」
「ういやつめ」
「インタビューで、このパフォーマンスについて聞かれて、ファンの子が贈ってくれた歌に合わせた、なんて言ってましたけど」
前言は撤回する。
「誰がファンだ。ばかたれが。つまらないことを言いやがって」
「まあまあ。くぎは刺しておきましたので、僕に免じて穏便に」
この男が、こうもどっしり構えている以上、騒動が起こり得ないのは確実として、おとなしく引き下がるのも、いささかしゃくに障る。
「ああ? いくら君のとりなしでも穏便には済ませられませんなあ」
巧みな懐柔と利かん気な反ばくとがSO101で交錯する。攻防のうちに時間は過ぎていくのであった。




